お昼ごろ、チョータローさんから電話があった。
「これからタケノコ採りに行かないか?」
もちろん行く! はじめてのタケノコ狩りだ。
港にはいつもの仲間、やっちゃんが来ていた。今日は船浮に渡るのだ。
船に揺られながら、祖納に住むやっちゃんがいう。
「昨日の母の日はよ、祖納なんかはヌバンに行ってね」
ヌバンというのは崎山の海岸である。網取のまだ先にあるのだが、崎山が廃村になっていることもあり、普通の人はまず訪れることがない。電気や水道が通っているならぜひ別荘を建てたい、と地元の実業家がいうのを聞いたことがあるが、それぐらい美しい自然が残っている場所らしい。
「海で泳いだらさ、あっちにもギーラ、こっちにもギーラってあるわけよ」
ギーラというのはこちらの言葉でヒメジャコのこと。シャコガイを総称してギーラと呼ぶこともある。
「もう、サンゴだってきれいかったよ〜」
地元で育った人がこれだけ興奮しているのだ。そうとうすばらしいに違いない。行ってみたいなぁ、崎山。
船浮には間もなく着いた。といってもいつもの港ではなく、少し回り込んだ海岸だ。サンゴに気をつけながら、慎重に船を浅瀬に進めていくチョータローさん。海岸は岩だらけで、アダンがたくさん生えていた。すぐ後ろは山だ。ここにタケノコがあるのだろう。しかしちゃんとした入り口が見えているわけではない。どこから入るのかなぁと思っていると、大きな岩に登っていたチョータローさんの姿が消え。とにかくついて行かなくては。
一歩山に入ると、そこはただのジャングルだった。いろいろな木や草やツルが生えているだけで、人が歩いた気配すらない。どう進んだらいいのだろう。
「大丈夫かぁ?」
前の方でチョータローさんの声が聞こえる。
「(目的地は)遠いの?」
と叫んでみる。
「上の方に行けば道があるはずだけどな」
少しすると、竹藪があった。といっても、かぐや姫が眠っていそうな雅な竹林ではない。無数に生い茂る笹が行く手を阻んでいる感じだ。
「わあ、一杯あるね」
とやっちゃん。そう、細い竹がいっぱい。タケノコは……よくわからない。とにかく、体を通すすき間を探すのがやっとという状況では、タケノコを見つける余裕などない。
憮然としていると、やっちゃんが教えてくれた。
「竹にもたれかかってよーく見るといいよ。下の方に生えてるのがわかるから」
彼女はすでに、なん本もタケノコを手にしている。気を取り直してじっと観察してみる。すると、直径2cmぐらいの太さのタケノコが、土の上に30cmほど頭を出しているのが見えた。1〜2本折る。これだこれ。なんだ、よく見ればあるじゃないか。
しかし私は自分の置かれている状況をなんとかしたかった。想像していたタケノコ狩りとはかけ離れていたからだ。私は、チョータローさんがタケノコがたくさん生える秘密のフィールドに連れて行ってくれ、高原のお花畑で花を摘むかのようにタケノコを採るのをイメージしていた。モズクのときのように、簡単にたくさん、だ。
ところが現状は、まさにサバイバル。ヤブ蚊やダニがうようよいそうなジャングルを、ハブを恐れながら、竹に目を突かれそうになりながら、1歩ずつ前進しているのだ。これが本当に地元の人が好むタケノコ狩りか? おばあたちがこんな所に入るはずがない。なにかの間違いではないか? ここは秘密のフィールドへ向かう通り道に過ぎないのでは?
なるべくいい方に考えようとするのだが、先を歩くチョータローさんの反応ははかばかしくない。
「おかしいなぁ。上に行けば道があるはずなんだけどな」
するとやっちゃんが強い調子で問いつめた。
「遭難したんじゃないの?」
そ、遭難!?
「いや、道に向かってるよ」
チョータローさんはとぼけているので、本当に道がわかっているのか不安だ。
「部落から出た方がいい違う?」
私もそう思う。船に戻って部落に入り、そこから山に出た方が確実なんじゃないか。
「いいや、大丈夫」
きっぱりいい切るおじい。迷っていないというのだから、信じてついていくしかない。それにしても、歩きにくいったらありゃしない。タケノコを採るのはやめ、とりあえずチョータローさんから離れないようにする。しかしツルに足や腕を取られたり、つかんで手がかりにしようとする植物がトゲだらけだったりと、身動きがとれない。頭に来て、もう二度と来るものか、と思っていると、後ろでやっちゃんが爆発した。
「もう二度と来ん!」
私たちの苦闘をよそに、チョータローさんは座って休みながら、私たちが上がってくるのを眺めていた。
「いい勉強になるなぁ」
こんな勉強したくない、って。
「ほら、セミが鳴いているよ。チナミが来た、って鳴いているよ」
もう、知らん!
しかしおじいが発した次のひとことは、強烈だった。
「山に道はないんだよ」
ああそうか。山には道がないんだ! 秘密のフィールドだのお花畑だのと甘いことを考えていた自分が恥ずかしかった。でも……普通、山に入るときは山刀を腰に差していく。それで道を切り開いて進むのだけれど、今日は全員丸腰。ちょっと無理があると、いえなくもない。
チョータローさんはすまして続けた。
「ほら、セミが鳴いているよ。チナミが来た、って鳴いているよ」
まったく余裕だなぁ、おじいは。
遭難したとか、二度と来ないとか、私たちがブーブー文句をいうので、おじいはそれ以上奥に入ることをあきらめたらしい。少しすると船を係留している海岸に出た。
「戻った! 遭難してなかったんだね」
とうれしそうなやっちゃん。
「だからそういっただろ」
チョータローさんは船を出す準備をしながらいった。
「さあ、次は外離だ!」