船浮から内離を通過し、外離島に向かう。タケノコの次は浜で貝採りだ。船が近づくと、エンジン音を聞いたナガサキさんが、海岸に出てきた。双眼鏡で私たちを見ている。警戒心でもあり、好奇心でもあり。双眼鏡を持ち出すなんて、この島にひとり住むナガサキさんらしかった。
浅瀬で船を留めると、私たちは長靴を置き、はだしで上陸した。やっちゃんとおじいはその場で貝を採りはじめている。私はひとまずナガサキさんにご挨拶をと、双眼鏡を目から離さないおじいに向かって歩き出した。彼との距離が10mぐらいになったとき、向こうから呼びかけてきた。
「チナか?」
久しぶりに見るナガサキさんは、こんがりとよく日に焼けて、今日もはだかんぼうだ。
「元気そうだね」
「いやあ、元気元気。この島におったら元気よ」
このおじいは、いつ見てもピチピチとイキのいい感じがする。
「今日、船浮でタケノコ採ってきたの。で、ついでにここで貝を採っていこうと思って」
シジミみたいな大きさの、白いハマグリだ。とてもおいしいダシが出る。
「ここにはタケノコはないけれど、タケノコガイならあるよ」
といって、ナガサキさんは潮が引いたばかりの場所に連れて行ってくれた。ツーっと、砂の中をなにかが移動した跡がある。
「この線の両端のどっちかにタケノコガイがおるんよ」
掘ってみると……あった。大きな貝がおもしろいように出てくる。
「身は硬くておいしくないから食べんで、貝殻をとったらいいよ」
ナガサキさんが御殿の引っ越しをした、と聞いていたので、新居を案内してもらう。以前住んでいた岩場に近い場所は国有地だと判明したので、数十メートル横に移動したのだ。
「なにか変わった?」
「こっちの方が前より風があたらんね」
以前の場所では、リビングや煮炊きする場所、シャワースペースなどが点在していたが、今度の住まいはこじんまりしている。シャワーもやめて、水浴びだけにしたとか。ただし、テントは大型化し、基本的な居住性は向上しているみたいだ。
ナガサキさんと話していると、チョータローさんとやっちゃんがやってきた。
「おじい、ちょっとやせたんじゃないか?」
挨拶代わりにチョータローさんがいう。
「そうかな? 美容体操しているからかな?」
とナガサキさん。とぼけているのも相変わらずだ。
チョータローさんはイスにした発泡スチロールの浮きに座り、あたりを見回していった。
「ここは昔、井戸があったんだよ」
戦時中か終戦直後、チョータローさんはこの島に住んでいたらしい。
「いまはもうないね」
とナガサキさん。枯れてしまったか、それとも埋まっているのだろうか。いまも井戸の水が使えれば、ナガサキさんの生活もだいぶ違っていただろう。
私が手にしているザルにタケノコガイが入っているのを見て、チョータローさんが続けた。
「タケノコガイには毒があるんだよ。針を出して刺すから気をつけないと。刺されて毒にあたり、もうダメだ、っていわれた子供もいるんだから」
もうなん十年か前の話だ。しかしその子は、アダンの新芽をすってさじで口をこじ開けて飲ませたら、治ったという。アダンの新芽はあくが強い。毒をもって毒を制す毒返しが効いたのだ。
しばらくして、御殿をおいとまし、浜に出た。貝採りだ。このハマグリを自分で採るのは2年ぶりかもしれない。もうやり方をすっかり忘れている気がする。チョータローさんを見たら、手のひらを砂浜にあてワイパーのように左右に動かし、砂を広範囲にうすく掘っていた。ああそうか、そうだった。まねしてやってみる。白い貝のお尻がいくつも見えた。外離のハマグリは干立のよりずっと大きい。
並んで貝を採っていると、おじいがぼそっというのが聞こえた。
「ちょっと山に入っただけでわーわー騒いで、ワガママだよ」
おじいは自分で採ったタケノコも全部、私ややっちゃんにくれていた。ジュースやお菓子まで買って用意したうえ、ガソリンを使って船を出し、なにも取らない。彼はただ、私たちが喜ぶ顔が見たかっただけだ。それなのに山を甘く見て、「こんな苦労をさせて」とか「もう二度と来ない」などと恨みがましく思った私たち。チョータローさんにはほんとうに申しわけなかった。おじい、ごめんね。
私の反省をよそに、チョータローさんは間延びした声でうめく。
「あー難儀だなぁ」
そして腰を伸ばし、ポンポンと軽くたたいてから、
「ほれ」
といって、自分が採った貝を私のザルに入れた。もう帰るのかな。
「まだ潮があがらん(から帰れない)。もっと採れ!」
は〜い。おじいのおかげで、今日もまた大収穫だ。