5月21日(土) 「干立初のカジマヤー」 晴れ

今日はソケイのばあちゃんのカジマヤーである。公民館集合は午前8時だ。青年はテントを建てるなど会場設営。婦人たちには刺身の盛りつけが待っている。

8時に厨房に入ると、「心配で1時間前に来た」というナリコさんが、柵におろされた刺身を切っていた。厨房の裏では青年、老人が入り混じり魚をさばいている。招待したお客さまは150名。万が一足りないと困るので、料理やおみやげは200人分用意することになっている。

厨房に集まった5〜6人で、刺身を盛るプラスチックの容器を、まず100個並べる。昨日切っておいたダイコンのツマを敷き、オオバを載せ、その上に刺身。そこに、昨日中身を入れておいた魚形のしょうゆ入れを添えるのだ。

ナリコさんが作ってくれた見本は、赤身のカツオが3切れに、白身のサワラが2切れ。おめでたい紅白で、しかも割り切れない奇数である。完璧主義のヨシコちゃんは、ビニール手袋をした左手にカツオを載せ、見栄えよく整えてから容器に移す。その容器に今度は私がサワラをボンボン載せていく。

流れ作業が軌道に乗ったころ、とんでもないことをいいだす人がいた。
「タコが来るから、待っとって、って」
 おばあたちからの提供で、薫製にした島ダコが用意されているという。ただし、切りやすくするため、祖納のだれかの家の冷凍庫に、まだ入っているらしい。
「え〜、早く持ってきてよ〜」
 厨房は困惑気味だ。しかしこのときはまだ、余裕があった。

 到着したタコをヒデコおばさんが切り、刺身の横のあけておいたスペースにみんなで詰め、フタをして冷蔵庫に100個ほどしまったときのこと。あと半分だ、とみんなの気持ちが緩んでいるところへ、ジーボさんが新たな混乱をもたらした。
「イカも入れるから、待っとけ!」

「え〜、イカもぉ!?」
 詰めるものは最初にいってくれないと困るんですが。
「早く持ってこないと詰め終わっちゃうよ〜」
 みんなでアセりながら、せっかく冷蔵庫に納めた刺身のパックを取り出し、ふたを開け、イカを入れてフタをし、また冷蔵庫へ。有能な私たちはみな自分の仕事に集中し、テキパキと刺身を詰め終えることができた。午前10時、いったん解散。

 家で一息ついていると、あっという間に11時だ。踊りのために化粧をして髪を結い、ばあちゃんちに出かける。パレードは12時からだった。

昨日までとても天気が悪かったのだが、今日は気持ちよく晴れている。オープンカーでのパレードには暑いぐらいだが、雨よりは断然いいだろう。

数年前までかくしゃくしていて、働き者だったとは聞いているが、ソケイのおばあちゃんには会ったことがなかった。ばあちゃんのパレードを見送ろうと家の前で待っていると、ふさふさと豊かな髪のおばあちゃんが、車いすで出てきた。車の座席に移ると、ゴルフ用の大きなパラソルをかざされ、孫でミュージシャンのスグルくんが横で三線を弾き、優雅に出発。

「干立部落のみなさん、ソケイのばあちゃんがカジマヤー祝いを迎えました……」
ジーボさんは車に伴走しながらハンドマイクでアナウンスしている。ばあちゃんを乗せた車は、たくさんのおじい、おばあに見送られ、祖納方面へ走っていった。

そのまま私たちは、宴会準備の続きへ。テーブルにお酒や水、氷を用意していると、お客さまがご来場。ビールや折、刺身、赤飯を出しているさ中にばあちゃんがご帰還し、祝宴開始。あとは怒濤のように働き、踊りの準備のために楽屋に入ったのは、演目の10分ぐらい前。

ギリギリまで接待していた婦人部の踊りメンバーは、「間に合わない!」と焦って着付けをした。私など自分で着られないので周りにいた知らないお姉さんに帯を結んでもらった。それでも『干立口説』を踊る5人全員の衣装が間に合わず、演目をひとつ後ろにずらしてもらう。あわてて舞台に出ていった私たちは、なにを踊ったかわからないうちに、舞台から降りていた。

そのまますぐに祝宴の片づけにまわる。一段落したときには、みんなすっかり抜け殻のようになっていた。
「おなかすいたぁ」
だれかがいう。そういえば、昼ご飯をだれもまともに食べていない。余った折を婦人たちでつまみはじめる。みなもくもくと、食べることに集中している。

ひと息ついて、家に戻ったのが5時。カジマヤーの裏方というのは、めったにできないいい経験である。そして、めったにないほどエネルギーを必要とする経験でもあった。


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