明日は干立の3大祭のひとつ、世願祭(ユーニガイ)だ。祭の前は、メイン会場の御嶽や公民館の周辺を、部落総出で掃除する。広いうえに木が多いので、落ち葉を掃き集めるだけでも大変。婦人たちはそれと並行して、料理の仕込みをしなくてはならない。
作るのは御嶽に供えるスズリブタと呼ばれる重箱の9品目。そのほか、役員などが食べる折り詰めもある。今日は主に、材料を切ったり、下ゆでしたり。婦人部を引退したおばあたちも手伝いに来てくれ、朝から大忙しだ。
スズリブタや折り詰めの中身はどの祭も一緒なのだが、ユーニガイには特有の一品があった。スマシと呼ばれるものだ。スマシといえば普通は酢の物のことらしいが、ここで作るスマシには酢は入らない。先日、処理に苦労した貝をはじめ、海の物・山の物を味噌と砂糖で味つけし、大きめの球状にまとめる。スズリブタと一緒にそのスマシも御嶽にお供えするのである。
今日、まず行うのは、パンスとミチナーの採集。両方ともスマシに欠かせない植物だ。パンスーは田んぼのそばに育ち、ミチナーは浜に生えると聞いて、いったいどんなものだろうとナリコさんの家について行く。庭に生えていたのは、ちょっとアヤメのような植物。なぜこんな名前なのかはわからない。
パンスの山を手にして公民館へ歩いていると、白浜のトキワさんに会った。
「今日はなんの行事?」
「明日、ユーニガイなんです。今日は仕込みで、いま、パンスを採ってきたところ」
そういって草を見せる。
「ああ、眠り草ね。どこに生えているの?」
さすが、西表の植物に詳しいトキワさん。パンスには神経の高ぶりを鎮め、眠りへと誘う作用があるらしい。さっき聞いたばかりのことを、彼女はちゃんと知っていた。
一方、ミチナーは、表面がつやつやした絹さやのようなものだった。ちょっとかじると、しょっぱい。さすが浜の植物だ。一瞬、おいしいかも、と思ったが、えぐみが後味として残った。
パンスは根元から10cmぐらい残し、葉の部分をはずす。教えてくれるおばあによって、どれぐらいの部分を使うか判断が違い、作業に気を遣う。葉の部分を長く残すと、
「こんな硬いところまで残して」
と怒られるし、短く切り過ぎると、
「食べられるところまで切って。もったいない」
としかられるの。やれやれ。
残った白い部分は半分の厚さにスライスし、塊をバラバラにしてゆでる。ミチナーも別の鍋でゆでる。どちらもさっとではなく、わりと時間をかけて火を通す。
「草はタダだけど、ガス代がかかっているよね」
と、みんなで冗談交じりに話す。こうやって海の物・山の物を手間暇かけてこしらえるのが、昔はご馳走だったのだ。
「チナミちゃん、トヨおばあの家にツノマタあるから取ってきて」
ヒロミさんにいわれる。どうやらツノマタもスマシにいれるらしい。
「井戸のそばだって。バケツにつけてあるっていうから」
しかし、おばあの家の井戸がどこにあるのかがわからない。すると、
「道のそばにある!」
と、トヨおばあ。それだけじゃわかんないけど、とりあえず行ってみよう。
海藻の一種のツノマタは、意外と簡単に見つかった。バケツの水にたっぷりつかっている。バケツごと持って厨房に戻ると、ギマのおばさんが、
「ツノマタ、準備するの忘れてたみたいでよ、昨日の晩につけたって。本当は3日、4日、水につけるんだけどね。そうするとゴミがきれいに落ちて、真っ白になるよ」
ツノマタは水と一緒に火にかけて煮溶かし、寒天のように固めて食べるのだが、スマシにはどう使うのか。明日の作業が楽しみだった。
厨房の裏では、バラピをこしらえていた。ヒカゲヘゴの幹だ。これをゆでてあく抜きし、さらにだし汁で煮て味を含ませる。これも祭には欠かせない一品だ。
こうして、料理の下ごしらえをしながら夕方まで働く。今年は人手が多いので仕事が順調にはかどった。終わらなければ徹夜してでも準備しなくてはいけない。それが祭だった。
夕方、婦人の仲間が家に帰ったころ、掃除や会場整備を行っていた男の人たちが帰ってきた。外に出してある長テーブルにつき、飲みはじめている。ブガリだ。
「チナミ、なんかおいしいものないか? なかったらいいけど」
ギマのオジイに聞かれる。今日は特にブガリの用意はしていないけど……と思いながら、念のためにヒロミさんに聞く。
「う〜ん、なにもないわねぇ」
「ないみたいです……」
申し訳なさそうにいったが、ヒロミさんはなにか作りはじ始めているようだ。よく見ると、さっき一緒におつかいしたとき買った自宅用の刺身をお皿に並べている。あらら。これでヒロミさんちの晩のおかずはなしだ。
結局、ヒロミさんはあり合わせのもので手早く2〜3品作り、私が運んだ。料理を持っていくと、
「お、チナミが作ったの?」
と、大げさに驚いてくれたが、残念ながらそんなジンブンはない。
それにしても、すごいなぁと感じるのは、ナリコさんとヒロミさんだ。1日中あれだけ働いても、夕方それほど疲れている感じではないのだ。
しかもナリコさんは、村建てにかかわった家系なので、自分の家でも公民館と同じ料理を用意しなくてはならない。朝からやったのと同じことを、家に帰ってまた繰り返すのだ。考えただけでも絶望しそうなのに、ナリコさんはイライラしたり、機嫌がわるくなったりせず、明るく働いていた。
愚痴や文句を決して言わないヒロミさんも、やはり朝と変わらず淡々と働き続けている。私なんて、最後はもう椅子に座りたくてしかたがないのに、ヒロミさんは立ちっぱなしで、黙って、予定になかったブガリのつまみまで作っているのだ。本当に尊敬してしまう。
社交的なナリコさんと、黙って支える番頭のヒロミさん。そして新米こづかいさんの私。今年度婦人役員の最初の大きな仕事は、こんなふうにスタートしていた。