側溝の掃除に出かけた。村全体で行う部落作業だ。開始は9時だったが、9時半ごろ行った。起きたら9時だったのだ。
「おはようございます」
ちょっと小さめの声で挨拶。
「おはようじゃない、おそようだ!」
ぷりっと怒った声で応える公民館長のジーボさん。この程度の反応なら問題ないだろう。
私の住む干立部落は海岸沿いにある。浜はコンクリートの護岸で固められており、そこから階段を下りたところが村だ。つまり集落はほぼ海抜ゼロメートル地帯に存在する。西表の集落には下水が敷かれておらず、特に干立では海風で排水溝に砂がたまり、雨が降ると道路を塞ぐ大きさの水たまりがあちこちにできる。異臭を放つところもあるようだ。
そこで定期的に側溝のふたであるコンクリートの板ブロックを上げ、中を掃除して排水の通りをよくする。今日は晴れているが、蒸し暑い。作業をするとあっという間に全身汗だらけ。長靴をはいているのでなおさらだ。
作業が一段落したころ、カネコさんがいつものやさしい声でいった。
「ほら見て、カニ」
側溝からはい上がったのだろうか。畑のとなりに小さなカニがいた。
「これ、なにガニっていうのかな」
と私。
「オカガニだよ」
スコップを持ったままムカイさんが教えてくれる。
「なんとかオカガニっていうのよね」
生き物に詳しいタナカさんもカニを見に来た。かつてメゾン三吉に住んでいた男性、コバヤシさんもこちらをのぞいている。
ムカイさんは続けて、
「殺せ、殺せ!」
とひどいことをいう。
「なんで?」
「こいつが悪いんだよ。稲の根を全部食べてダメにしてしまう」
そういえば昔、ウホさんも、やまねこマラソンでゴミになった給水スポンジをもらい、毒を染みこませて田んぼのカニ穴に入れてカニを殺すのだといっていた。
殺せ、といわれてもだれも動かず、いいだしっぺのムカイさんを含め、5人でのどかにカニを眺めていた。
そこに、スコップを持ったエーシンおじいがやってきた。私たちの仲間に入って一緒にカニ見物をするかと思いきや、いきなりカニにスコップを下ろした。「うわっ」
「きゃっ」
声を上げて、目をそらすタナカさんと私。手足がもぎれバラバラになったカニの姿が視界の端に見えた。
「ひっどーい!」
とカネコさん。
「ちょっと幼稚すぎない? みんなで眺めてなごんでいるのに!」
本気で怒っている。
「こっちのおじいはみんなあんなだからな」
コバヤシさんは慣れている感じだ。ムカイさんとタナカさん、私はおかしくてしょうがない。エーシンおじいの行動があまりに唐突だったからだ。
肝心のエーシンおじいは、タバコをくわえたままどこかにいってしまった。その間、無言。ここはエーシンおじいの土地だから、ま、しょうがないか。
側溝掃除の仕上げに、消防用の放水ポンプで地下の貯水タンクから水を汲み、流すことになった。栓が開けられた。ぺしゃんこのホースが端からふくらんでいき、水が通っていくのがわかる。しばらく放水したのち、シンゴくんが地面と水平に上げた腕をひじから曲げ、手を首のあたりに持っていった。
「あれ、おかしいな」
「どうしたの?」
と聞いてみる。
「放水止め、の合図を送っているのに」
志村けんのアイーンをやっているようにしか見えない。しかも、合図を送り直そうとなん度も腕を水平に戻すものだから、「そこをどけ!」というサインに見える。スイッチのところにいるゴウくんは、邪魔なのかな、という顔で後ろに下がってしまった。
「これこれ!」
といいながら、私が腕で大きく×を作ってみせる。ゴウくんはうなずいて栓を締める。水が止まった。常識的な私の合図の方がよっぽど通じるじゃなか。
あとで消防団員のヨーシーに聞くと、
「放水止め、はこうだよ」
といって、体側にたらした腕をゆっくり90度上げ、地面と水平に持っていった。
「なんだ、そうか」
照れながら笑っているシンゴくんであった。