今日は西表小中学校の運動会である。学校の運動会というのは、西表のような島では地域の一大イベントだ。なわない競争があるとか、商品がけっこう豪華だとか、いろいろ聞いている。興味はあったが、子どももいないのに顔を出してもつまらないだろうなぁと、出かけたことはなかった。
今年も行かないつもりだったが、なにげなく、
「明日の運動会は、別に参加しなくていいんですよね」
とヒロミさんに聞くと、
「役員だから、行った方がいい違う?」
という。やっぱり。なんとなくそんな気もしたのだ。
運動会は9時スタートだが、子どもたちは5時起きで、まだ暗い中、鼓笛隊となり村中をまわる。“伝統”ということだが、昔はそれほど誇らしい行事だったのだろう。
10時半ごろ、学校の隣にあるグランドに行く。芝が青々と茂ったグランドは川が海に合流するポイントの横にある。環境のいい場所だ。受付でプログラムをもらい、テントの中を眺めながら歩いていると、ギマのおばあやナリコさん、ヒロミさんがいた。前から歩いてきたセイちゃんにいわれる。
「チナミちゃん、リレーのアンカーだって」
――え? うそ?
「さっき、呼ばれていたよ」
リレーのアンカーなんて、重大責任じゃないか。きっと、「出ればいい」というわけではないのだろう。結果を残さないと、なにかいわれそうだ。 どうしたものだろう。
ほかの人にも確認したが、私がアンカーにされた理由は、役員だからだった。これはもう、決定的に逃げられない。出番は午後からと聞いて、食事をして出直すことにした。
都会の運動会では、いいアングルでビデオを撮るために、お父さんやおじいちゃんが事前に場所取りをするという。そういう話を以前ニュースでやっていた。ところがここでは児童・生徒も保護者も少なく、ビデオでも写真でも、好きな角度から気が済むまで撮ることができる。グランドが広々としているので、子どもたちが体を動かすのを見ているだけで気持ちよかった。
それにしても、このグランドは1周なんmぐらいあるのか? そして私は、どれくらい走ることになるのだろう?
午後のプログラムが始まって少しすると、公民館対抗のリレーになった。干立1チーム、人口の多い祖納2チームの合計3チームだ。小さな子どもから60代まで縦割りでチームを作り、リレーする。私は60代のあとに走るアンカーである。
「ヨーイ!」
ピストルが鳴り、ちびっこが走り出す。幼稚園児、小学生、中学生と、足の遅い子もいれば、マラソン選手もいて、抜きつ抜かれつ競っている。最初の方は勝負がまったく見えなかったが、だんだん差がついてきた。干立は小さな子や女性が、どうやら多いらしい。おくれれをとっている。
干立で早かったのは、ヨーシー、トモちゃん夫妻だ。ヨーシーが走っていると『フォレストガンプ』を思い出す。このふたりはほかのことをやらせても運動神経がよく、ほんとにうらやましい。
幸いなことに、私の番がまわってくるころには勝負がついていた。1位のチームはすでにゴールイン。2位もまもなくゴールだ。ぶっちぎりの3位で、だれと競り合うこともなく、それでも全速力で走る。最初は体全体がバランスよく動いていたが、しだいに脚が追いつかなくなった。気持ちと上半身が前のめりで、脚がもつれて転びそうだ。グランドの半周を走って、やっとゴール! 3位でもテープを切るのは気持ちのいいものだ。
これでとっとと帰るつもりだったが、走ったあと爽快だったので、婦人のダンスも出ることにする。祖納、干立の女性が集まり、音楽に合わせリーダーをマネしながら、簡単な踊りを披露する。エキサイティング! というわけではないが、ほのかに楽しい。2曲踊り終わったところで説明があった。
「次にスタートの合図があったら歩いていって、前に落ちている紙を1枚拾ってください。書いてある番号の景品がもらえます」
参加賞が出るらしい。そうか。これを目当てに踊りに加わった人もいるのだな。
私は婦人たちのかたまりの、後ろの方にいた。ピストルが鳴り、のろのろ歩いていく。どれでもいいや、と残っている紙を拾いあけてみると、「1」と書いてあった。私には珍しく、美しい番号だ。
そのまま前進し、参加賞が並んでいる机に向かう。後ろに立っている先生に、
「1番です」
と告げると、
「おめでとうございます! 扇風機です!」
もしかして、もしかする? 「1」というのは単なる数字ではなく、「1等賞」のことだったらしい。
しかし扇風機。うれしいような、うれしくないような。わが家には扇風機はない。もともとあったのを「使わないので」と三好さんに返したからだ。う〜む、扇風機…(おそらく時価2000円)。
「すごいねぇ」
とほかの人にうらやましがられて誇らしくはあるが、2等からから4等の石垣への船の往復チケット(時価3000円)の方がよかったなぁなんていったらバチが当たるか。
この日、いちばんよかったのは、全員参加の校歌ダンスである。手旗を使い、校歌に合わせて踊るダンスだという。
「卒業生は強制参加です」
と放送があったためではないと思うが、その場にいる人はほぼ全員、グランドに出た。
「もう忘れちゃった」
「やれば思い出すよ」
なんていいながら、おばさんたちが前を歩いていく。
校歌が始まった。バッといっせいに、手旗が揚がる。それはそれは見事だ。リハーサルもしていないのに踊りが合っているという以上に、ここにいる人たちは老若男女を問わず、ほとんど全員がこの学校で学び大きくなったんだなぁと思うと感慨深い。115年の伝統はもちろん、地域の人たちがふるさとに根付いて子どもを育て、その子どもも同じように暮らしこの土地で命をつないでいることが、ダンスを見ると明らかだった。
「全然違う踊りになっていたね」
曲が終わると、そんな感想をいい合いながらおばさんたちは席に戻っていった。ときとともに振りが、少しずつ変わっているのだろう。それでもみんなで踊るダンスはよかった。地域の人たちの心が、ひとつになったように見えたのだった。