その昔、家の建築や修理はユイマールで行われた。みんなで手伝いあう、ということだ。アラシロ家にはおじい、おばあ、息子であるジーボさんの3人が住むコンクリート家のほかに、いまでは物置となっている茅葺きの古い家があった。茅葺き屋根の修理は本来なら大勢で行う重労働だが、今日は平日。働きに行っている人が多く、特に若者は集まれなかったらしい。40代以上の4〜5人が細々と作業を進めている。
トヨがカヤを積んだジーボさんのトラックで戻ってきた。大きな束にしたカヤを積みおろし、作業をしている家の下に運ぶ。
「カヤ上げて」
といわれ、カヤを竹の棒の先にひっかけ、下にいながら屋根に届けている。竹の棒をよく観察すると、片方の先端が左右から鋭角に削ってあり、二股に分かれていた。そこにカヤを束ねた別のカヤひもを引っかけ持ち上げると、重いものがいともたやすく屋根に上がるのである。すばらしいジンブンだ。
家の中ではカンコーおじいが別の竹の棒を持って立っていた。その棒もやはり先が鋭角に削られているが、こちらは下に大きな穴もあいている。これはどうやって使うのだろう?
「はい、刺して」
屋根の上のヨシハルさんがおじいにいう。おじいは竹のとがった方を天井に突き刺す。
「もっと下」
おじいは竹を抜き、別の場所に刺し直す。
「もっと右」
カンコーおじいは屋根に対して水平ではなく、床から垂直に竹を突いているので、屋根の上で指示を出すヨシハルさんの思うところに、竹がなかなか出てこないらしい。
「いいよ」
なん度かのダメ出しのあと、OKが出る。おじいが竹を抜くと、先に開けてある穴にロープが通っていた。この竹はカヤを屋根にとめる縫い針の役目をするのだ。しかも、家の中から天井に突き刺すだけでいい。あとは屋根の上にいる人が、竹の穴にロープを入れたり抜いたり、切って縛ったりしてくれる。これも見事な先人の知恵だ。
「この家は、弟が生まれたときに建てたんだよ。もう70数年前だな」
カンコーおじいが作業しながら教えてくれる。いまは物置になっているが、以前はこちらが母屋で、おじいはここで育ったという。床はぼろぼろだが、イヌマキなどを使った梁はしっかりしている。山から切ってきた木を海に7年漬け、その後7年乾かして使ったらしい。
壁や床の板はこれまで3回やりかえたそうだが、梁はびくともしない。家を支える基礎の部分には、キクメイシというサンゴが使われている。建材にできるほどのイヌマキはもう手に入らないし、これだけ立派なキクメイシも採ってくることはできないだろう。昔の暮らしがしのばれる貴重な家だった。
なにか手伝えないかと、再び庭に出てみる。茅葺き家の前には荒焼きの大きな水瓶がいくつも転がしてある。庭にはいろいろな木が生えていた。名前はわからないがガーデニングを意識してここ数年間に植えたものではないだろう。ほとんど手入れをしていないことが幸いし、昔の西表がしのばれた。茅葺き家、貴重なカメ、地元の数々の植物。通りの向こうには、シオカワさんの赤瓦の家まで見える。ここはほんとうに平成なのか?
「おじいんちの庭は、昔の西表みたいじゃない?」
「うん。昔と、なあんにも変わっちゃいないよ」
その中に立派なクバの木があった。おじいはクバ笠を作るのが得意だ。きっとこの木の葉を使うのだろう。
「クバはね、1年に9枚しか葉が生えないんだよ。だからクバ(九葉)。雨が降るとあのクバの葉から水が滴ってカヤの屋根が腐るから、切ってしまえといわれたんだけど、よう切れんかったな」
命拾いしたクバは、ほんとうに見事なたたずまいだ。大きな葉は、ひしゃくやナベ、扇など、便利な生活用具として使われたのではないか。
屋根に上がって作業する勇気はないので、玄関から点々と落ちているカヤを掃くことにした。裏にまわって金物でできた熊手・レイキを探すと、見栄えはよろしくないが手作りのものがある。西表に戦前から住んでいる人は、お金を払って掃除道具を手に入れるなんて、バカらしくてしないのだろう。
レイキを見つけた拾い裏庭には、落ち葉がたくさんたまっていた。足が弱った高齢のおじいとおばあ、町議会議員と公民館長を兼任する多忙な息子の3人暮らしでは無理もないことだ。差し出がましいかなと思いつつ、玄関のカヤは後回しにして落ち葉から掃くことにする。
作業をはじめてみると、ちょっと掃いただけで落ち葉が大量に集まった。余計なことはせんでいい、と怒られるかとびくびくしながらおじいに聞く。
「この落ち葉、どうしようか?」
おじいは私が庭を掃いていることを自然に受け止め、手押し車を持ってきてくれた。庭掃除はどうやら歓迎されているようだ。
掃いても掃いても落ち葉はなかなか消えなかった。いくつもの台風を越え、堆肥化しかけているところもある。それでも根気よく掃除し、やっときれいになったところでカヤに手をつけようと玄関に向かう。
そこではエーシンおじいが草むしりをしていた。金具を使ってていねいに、小さいくせにしぶとい雑草を根こそぎにしている。
「年寄りだから、庭まで手がまわらないんだ」
と、独り言のようにつぶやいて、もくもくと手を動かすおじい。休憩でお茶を飲んでいたときも、座った場所の周りの草を、おしゃべりしながらとっていた。エーシンおじいはほんとうに働き者だ。
だいぶ日が傾いてきた。山積みになっていたカヤがもうないので、作業はそろそろ終わりだろうと思っていると、
「足らんなぁ」
とミネさん。
「カヤが足りないよ」
どれくらい足りないのだろう?
「本当は200ぐらい必要なんだよ」
200というのは、ひと抱えのカヤの束が200束ということだ。今日は100あったかどうかというところらしい。
カヤはその昔、どこにでも生えていたらしい。が、いまはほとんどない。無人島になっている内離島から運んだ時代もあるようだが、船の積み下ろしが大変なので、少人数ではできない。祖納には文化財になっている茅葺きの家があり、数年に1回の屋根修理のためにカヤを育てていると聞く。そんな状況だった。
「しょうがない。今回の修理はここまでだな」
とカンコーおじい。
――足りなくても大丈夫なの?
「それは、雨が降ってみんとわからんよ」
あまり気にしていない感じだ。カヤはこんもりと厚く葺けば長持ちするが、薄いとすぐに雨漏りし、次回の修理までの期間が短くなる。理想の半分しかカヤが使えなかったとすると、またすぐに足さなくてはいけなくなるのだろうか。
ライフスタイルが変わってしまうと、昔のものを維持するには手間も暇もかかる。それでもこの茅葺きの家は、できるだけ壊さないで残してほしいなあと思う。私がユネスコの選定委員だったら、この家と庭、通りの向こうに見える赤瓦のシオカワ家がおさまった風景を、世界遺産に登録するんだけどなぁ。