午前8時から厨房で料理。私は揚げ物担当になり、ひたすら天ぷらを揚げる。西表は年中高温多湿なので、暑い時間帯に外で食べる祭の料理には揚げ物が多い。今日まず揚げたのは、魚の切り身の天ぷら。続いてカボチャの薄切り。最後に野菜のかき揚げ。どれも50人分ずつぐらいだ。
しかしこれは厨房の中のことで、外のシンメー鍋では魚丸ごと1匹の唐揚げをだれかがなん十匹も手がけている。揚げ物担当は、熱いしヤケドするしで大変である。熱中症にならないようにと、ムツミさんが冷たい氷水の入ったグラスを持ってきてくれた。ありがたくときたま口をつけると、思わずごくごく飲んでしまうので、思っている以上に水分を奪われているらしい。
天ぷらも、はじめて手伝った2年前にはまったくひとりで揚げられなかった。中まで火が通っているか、見当がつかないのだ。
「入れてから、なん分ぐらいしたら上げればいいの?」
そのときそばにいたヨシコちゃんに聞くと、
「油の音が変わるから。そしたら火が通っているはず」
というではないか。そういわれても……と、とまどいながら耳を澄ましたけれど、揚げ物が発する音はいつまでたっても変わらない。最後には、
「なんか自信ない」
といって、ほかの人に代わってもらった。そんなこともあったなぁといまでは懐かしい思い出だ。
しかし、そのあと場数を踏んだので、もう揚げ物は大丈夫な気がする。火加減も、一度にどれくらいまで入れていいのかも、見当がつく。油の音も聞き分けられるし、どの程度まで焼き色をつけて引き上げるのかもわかる。そのうえ、どれぐらいのかたさの衣を作ったらいいかさえ理解しているつもりだ。ただし、衣のかたさというのは、ああでもないこうでもないと毎回問題になるので、必ず地元出身のお姉さまのだれかに確認し、お墨付きをもらってから揚げることにしている。
私が揚げ物をしている間に、豆腐やかまぼこは蒸され、昆布やタケノコ、バラピ、三枚肉の煮返しは終わり、外からは魚の丸揚げが運ばれてきた。順次スズリブタに詰め、最後にいっせいに40個ほどの折り詰めを作る。終わったのは午後1時だ。
はぁ、やっと帰れる、と思ったら、
「チナミさん、お留守番してくれない?」
と御嶽補佐のギマのおばさん。御嶽補佐というのは、4人の神司に付き添い、神行事の間中身の回りのお世話をする重要な係だ。
「おばさんね、帰って着替えてこないとアッパーたちが来るのに間に合わないのよ。着替えに帰っている間に神司の遣いが来たら、スズリブタを渡してちょうだい」
アッパーは「おばさん」という意味。ギマのおばさんは70代だが、神司のうち3人が自分より年上なのでアッパーと呼んでいるのだ。
神司が御嶽にやってくると、それぞれの御嶽にスズリブタを運ぶことになっている。9品のご馳走がつまったスズリブタは4カ所の御嶽に各2つ。そのほか、湯飲みに注いだ熱いお茶、泡盛に小麦粉を混ぜて作った御神酒、貝の器に油を注ぎこよりにしたティッシュを載せた灯明などを整え、もうひとつのお膳を作らなくてはいけない。そうした品々をお供えを遣いの人に渡す係が、いまだれもいなかった。おうちに帰ってゆっくりしたーい、という切なる願いをあきらめながら、ギマのおばさんの説明を黙って聞く。
結局、家に帰ったのは2時半。しかし、すぐに着替えて3時にまた集合。これからが祭の本番だ。
祭の儀式が行われている間、婦人のほとんどは厨房で待機する。御嶽や祝賀会場にいるのは、公民館の男性館員とご招待したお客様。そして “接待”と呼ばれる数人の女性お運びさんだ。接待の人はムイチャーという八重山版浴衣のような着物を着て、お客さんの間をまわり、ビールや泡盛用の水、氷を運ぶ。厨房で待機する方が、作業の割に人数も多いのでラクなのだが、私は祭の様子が見たいので接待にまわった。
プリヨイと呼ばれる豊年祭初日のクライマックスは、酒の雨が降る歌『アパレ』。大変喜ばしい曲で、11番まである歌詞がすべて「アパレ」、つまり“あっぱれ”で始まるのだ。
アパレになると、その場にいる人は全員立って御嶽の周りに集まってくる。カヨコさん、トモコちゃん、ユキエちゃん、私のアパレ係4人組が、水で割った泡盛を入れた三合瓶とグラスを持ち、歌のリズムに合わせて手足を上下させながらお酒をついで、居合わせた人たちの口元に運び飲ませていく。御神酒なので、お酒の飲めない人も必ず口をつける。ただ、グラスを奪い取り、ぐいっと飲み干す人の方が多いのだけれど。
「こんなの酒じゃない!」
薄めすぎだと苦情をいうほろ酔い気分の人は、テーブルに置かれた泡盛の3合瓶を持ち出し、独自に生のまま飲ませて歩く。みんなやりたい放題で、見ていて楽しい。
アパレの曲が終わった。銅鑼が連打され、お酒が空中にぱーっと散る。私を含めたアパレ係4人組もお酒をまく。ビールかけのように、そばにあった泡盛の3合瓶をシェイクし、あたりにまき散らしている人もいる。もちろん無礼講なので、人にかかってしまっても文句は出ない。むしろみな、ありがたいお酒の雨を体に受けたい、という感じだ。
このアパレを2回か3回繰り返し、やっとお開きに。全員、満足そうな、晴れやかな顔で引き上げていかれた。
そのあとすぐに片づけをし、家に帰ったのが8時。なんと朝から11時間半労働である。祭は体力がないと乗り切れないなぁ。