2月10日(木) 「イノシシ猟」 雨

今シーズンこそイノシシの生け捕りを目撃したいと思っていたら、エコツー協会のモリモトさんが、猟期の終わりにイノシシツアーをしてくれるという。
「クールもほしいんだけど……ありますかね?」
「あるよ、山の上の方に行けば」

 クールというのは八重山地方特有の植物で「紅露」と書く。和名はソメモノイモ。サツマイモを丸く大きく太らせたような見かけで、茶褐色の美しい染料が採れる。イノシシは胃腸の具合が悪いときにクールをかじって体調を整えるという。このクールを山で拾い、アンツク用になっている縄をぜひ染めてみたいと思っていたのだ。

 集合場所に行くと、参加者は私とタビビトの合計2人。平日なので思ったより人が集まらなかったらしい。少数精鋭の方がいいので、私にしてみればラッキーである。

 雨の中、山を歩き始めた。道は特にないように見えるが、モリモトさんにはルートがはっきりしているらしい。ワナをかけているポイントをまわりながら、ずんずん歩いている。

 途中、水たまりに動物が浮いていた。死んだイノシシだ。
「病気になって動けなくなったんだろうなぁ」
 とモリモトさん。死体の毛は抜け、さらされている白い地肌が痛々しかった。

 先頭を行くモリモトさんは、両手をズボンのポケットに突っ込み、ふらっと散歩しているみたいに歩く。急な登り斜面も、落差のある下りも、足取りの軽さはまったく変わらない。毎日のように山に入っている人は、体力と土地勘が違う。

 一方、相変わらず山歩きがへたくそな私は、モリモトさんとタビビトくんに遅れまいと必死だ。滑りそうになり「ぎゃ!」、転びそうになり「わっ!」と声をあげるたび、モリモトさんは振り返り不思議そうに気遣ってくれる。
「大丈夫?」
まったく自分でも、同じ道を進んでいるとは思えない。

「クールありませんね」
 今日は見つけられないかもしれない、とあきらめかけて声をかけると、
「さっきから、いくつもあったよ」
 とタビビトくん。実はクールがどんなふうに生えているか、落ちているか、私は知らなかった。ただ、行けばすぐわかるのではないかと思っていたのだ。
「大丈夫。上の方に行ったらもっといいのがあるよ。イノシシが掘り起こしてその辺に転がっているのが上等だから。そういうのを選んだ方がいいよ」
 モリモトさんが慰めてくれる。その言葉に再び元気を取り戻し、歩いていくのだった。

 この日は残念ながら、イノシシが1頭もかかっていなかった。私が行ったせいかもしれない、とひそかに気にする。女性が山に入ると獲物が捕れない、というジンクスがあるのだ。まあ、若い世代はあまり気にしないみたいだが、おじいなどはこだわったりするらしい。

ボランティアで私たちを連れてきているモリモトさんに収穫がないのは気の毒だったが、お弁当も食べたし、小さな滝も見られたし、クールも拾ったし、私は大満足だった。しかしこの日の収穫は、これだけではなかった。

「自給自足で暮らしているカップルがいるんだけど、寄ってく?」
 その人たちのことは聞いたことがあった。若いふたりで、たまにビーチクリーンアップにも来るという。山の中で自給自足というと人嫌いなのかと思うが、そうでもないらしい。ボランティアで海岸清掃までやる社会派なのだ。もちろん、彼らに会ってみたかった。

 山を下りていくと、彼らの家はあった。
「すごい!」
 竹で作った円形家屋だ。立派に頑丈そうにできている。いつの時代のものといったらいいかわからないが、原始的な香りのする家である。

「これ、自分で作ったんですか?」
 あまりぶしつけにならないよう、控えめに聞いてみる。家作りの本や、地元の図書館で昔の家屋を調べ、工夫して仕上げたらしい。中は意外と天井が低く、こぢんまりした感じが快適そうだ。

 モリモトさんとは顔見知りらしく、彼らは私たちを歓迎してくれた。薪で沸かしたお湯でいれたさんぴん茶が、ココナッツの殻の器で出てきた。お茶請けはビンに入れてある黒糖。勧められたイスは、海岸に流れ着く発泡スチロールの浮きだった。さりげないけれど贅沢で、居心地がいい。

 彼らはその場所を、土地の所有者から借りているという。住み始めてもう1年以上経つらしい。
「いちばん大変なのは、どの季節?」
「意外と冬ですね。暖房器具を持っていないんで、寒いです」
 夏は近くの川に行き、水に入れば涼しく過ごせるらしい。洗濯もその川でするようだった。ただし、石けんは使わない。そのためか、彼らの服は黒ずんだ感じがしたが、不潔っぽさはなかった。シャンプーは八重山で伝統的に使われてきたハイビスカスの葉で。ふたりとも海岸で拾ったサンダルをはいているのか、左右のデザインが違っていた。そんなところも好感が持てた。

 帰り際に田んぼと畑を案内してもらった。ふたりで開墾したらしい。
「畑に水気が多いせいか、野菜があんまり育たないんですよ」
 と嘆いていたが、これから工夫してもっとよくしていくのだろう。いつまでそこに住み続けるのか聞かなかったが、なんだか生きることの原点を見せてもらった気がした。

 山を出て、「もう1カ所だけワナを見てから帰る」というモリモトさんと別れ、タビビトくんを送っていく。その帰り、あけぼの館の前にモリモトさんの車を見つけたので下りてみると、
「ちょうどよかった。イノシシ、かかってたんだよ!」
 最後にひとりで見に行ったワナに、イノシシがいたという。手足と口を縛られた獲物は、トラックの荷台でうめきながら、必死にもがいていた。


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