12月22日(火)〜25日(土) 「生年祝いへの道・再び特訓」 晴れ/くもったり雨がふったり

12月22日(水) くもり

昨日から風邪気味。運動不足を感じていて、先週の金曜から夕方、歩くことにしたのだが、おととい強風の中を薄着でうろついたのがいけなかった。
「ちょっとすーすーするな。カゼひくかな」
と思ったら、本当に喉が痛くなった。

それでも練習しないといけない気分で、午後も1時間半ぐらい公民館に行く。2番まではだいたい動けるが、3番の出だしがよくわからない。ナリコさんに聞かなくては。
「違〜う! そうじゃな〜い!!」
ってまた怒られるだろうな。

晩ご飯を食べ、三線の練習を少々。そのあと踊り。膝が痛くて動きたくなさそうなナリコさんが、見かねて教えてくれる。ビデオを見てまねするより、横で実際に踊ってもらう方がよくわかる。3番も少しわかってきた。

カゼが辛かったが「先に帰ります」とはいえず。9時半から11時過ぎまで練習、練習。


12月23日(木) くもり

冷たい床板の上に長時間いるためか、カゼが悪化。くしゃみ鼻水、のども昨日より痛い。10月もそうだったが、踊りの練習を始めるとカゼをひくのは偶然か? 本当はとても嫌だったりして。

夜は公民館の忘年会。なにかおいしいものが食べたくて、おなかをすかせて公民館へ。仕出し屋に頼んだ料理だが、自分では絶対に作らないようなものばかりでバクバク食べる。自分以外の人が作った料理は、それだけでありがたい。ビールもゴクゴク。最近、カゼをひいても食欲は減らないのはなぜ?

隣に座ったマサコさんが、感慨深そうにいう。
「まあ、こんなに小さな子がたくさんいて、よその村みたいだわ」
 いちばん寂しくなったときで、50人、40世帯を割ったことがあったらしい。
「ほんの数世帯よ、複数の家族がいたのは。あとは全部独居老人。90年ごろ生まれた子が、干立では16年ぶりの子供だって大騒ぎになったんだから」
 16年ぶりに生まれた、村でただひとりの子供。

 今年、私たちの部落では3人の赤ちゃんが生まれた。若い世帯が多く、幼児もたくさんいる。
「変わったのは、町営住宅とアパートができたことかしらね。それで若い人も住むようになって。若い人が少しでもいると、ほかの若い人も来るようになるでしょ。年寄りだけだと、なかなか居着かないから……」

 アパートの住民は回転が速いが、干立を気に入った人は定着していく。土地を買って家を建て、永住する人も出てくる。いまみたいな若いパワーがみなぎる状態が、ずっと続くといいなと思う。

ビンゴの1等はコーヒーメーカーで2等とブービーは土鍋。それ以外は全部100円ショップの料理グッズだった。コーヒーは飲まないので1等はいらないが、土鍋はあってもよかったな。結局当たったのはタッパ。案外重宝しそうだ。


12月24日(金) くもりのち雨

『目出度節』仲間のキヨキヨから電話があり、練習に出かける。2番ぐらいまではだいぶできるようになったが、3番の出だしでやはりつまずく。1時間ぐらい練習した。

晩ご飯を食べようとしていたら、チョータローさんから電話。
「いますぐ来なさい! イカあげるから」
というのであわてて行く。今日釣ったばかりのイカをクーラーボックスから出してくれる。薄く切ればそのまま刺身になるように、きれいに開かれていた。「これは小さいからよ、おいしいよ」
といいながら、胴体の部分をハガキ大の大きさに切り分けてくれる。
「はい、もっていきなさい」

渡されたのは、ハガキ6枚分。それで胴体の片面だ。“小さい”とはいうが、イカめしなどにするイカのなん倍か、なん十倍もの大きさだ。
「こんなにもらっちゃっていいの?」
「好きな子にあげないでだれにやるかぁ」
「だよね〜」
 冗談でも悪い気はしない。
「冷凍しておけばお正月にも食べられるでしょ」
 とチョータローさん。ああ、本当にありがたい。帰ったら早速、昨日、ノボルおじいにもらったカツオと一緒に刺盛りだ。

三線の練習を少しして、8時に踊りへ。今日はナリコ先生の特訓だった。
「あーダメ、そうじゃない!」
とすぐ嘆くが、ちゃんと教えてくれる。1番で扇を決めるところができないでいると、さんざん笑ったあげく
「チナミちゃんはあと20年かかるね」
私も「あはは」と笑った。

私が怒られると、『目出度節』仲間のユキちゃんは、
「いま覚えたばかりなのに、できるわけないわよね」
とかばってくれる。小柄なナリコさんは
「手足が長いから教えにくい」
とまでいうのだが、私と同じぐらいの身長のユキちゃんは
「私たちは体型からなにからなにまで沖縄の人と違うんだから。できなくてもしょうがないの」
と軽くいい返してくれる。

ユキちゃん夫婦は干立に住みはじめて約6年。踊りは最低限おつきあいしてきたが、経験があるわけでも、大好きというわけでもないらしい。踊れないで苦労している私の気持ちをわかってくれる人がいるのは心強い。いわれた言葉を真に受けてひとり落ち込むこともない。仲間がいるっていいなぁ。

ムツミさんがケーキを持ってきてくれたので食べる。そういえば今日はイブだった。

帰って本を読んで寝る。踊りあり、三線あり、読書ありの充実の1日だった。


12月25日(土) 雨がふったりやんだり

午後、踊りの練習。今日はユキちゃんもキヨキヨも来てメンバーがそろったので舞台の上でやる。はじめて踊るキヨキヨは、思うように踊れないものだからアクタイばかりついている。
「あーあ。社交ダンスなら踊れるのに」
ずいぶんハイカラじゃないか。

「でもいまはまだいい方だって。ちゃんと踊れないと昔は蹴られたりしたってよ」
 とユキちゃん。えー! やだな、それ。おばあたちは言葉がきつく、決してほめない、とユキちゃんもいう。なんだ、そう感じていたのは私だけじゃなかったのか。
「人によっていうことが違うから、ヘタに教えられないのよ。私も、なにかいわれたら左の耳にいったん入れて、すぐに右の耳から出すようにしている。そうじゃないと混乱するわ」
 関西弁のアクセントでユキちゃんが締めくくる。干立に住む同世代移住者の思いを聞くのはおもしろい。

 夜もまた練習。だいぶ踊れるようになってきた。うれしい。その代わり、もうひとつの『干立口説』をすっかり忘れていたのには驚いた。困ったなぁ。

連日、私たちの『目出度節』練習を指導するだけだった『松竹梅鶴亀』チームも、今日からやっと始動らしい。みんなが踊るのをはじめて見た。この演目はお正月恒例の出し物だが、4年前の竹婦連芸能発表会にも持っていった干立の大事な踊りのひとつである。曲名の通り「松」「竹」「梅」「鶴」「亀」の5役があり、それぞれ象徴するような冠というか立派なかぶり物を頭に載せる。5人の踊りだが各自ソロの部分もあり、なかなか興味深い舞踊だ。

『松竹梅』チームが練習を終えたあと、黒島が4年前の竹婦連芸能発表会に出した踊りのビデオを見た。全員女性なのだがみなヒゲをつけ、猿のような仕草でパーランク(*1)を叩いている。きっと伝統的で新鮮な踊りなのだろうが、しぐさはとってもユーモラスだ。

干立にもこういう一風変わった演目があってもいいのになぁ。昔、トヨおばあが長刀を上等にやっていたらしいが、後輩に伝える前に年を取ってしまったとか。ユキちゃんは太鼓をやりたいというが、干立には太鼓の芸が伝わっていない。まあ、これから始めてもいいのだが。

干立に住んで、今年はじめてこちらで年を越す。寂しくないかと不安だったが、東京に帰らないでほんとうによかった。実りの多い毎日である。

(*1)パーランク:沖縄の伝統舞踊(エイサー)などで使用される片面だけの小さな太鼓。


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