頑張って早起きし、9時半にエコツー協会に行く。先週はしめ縄だったが、今週は凧作りだ。特に凧好きというわけではないが、例のごとく手仕事が好きなのでやってきた。
今日の受講者は、子供が3人と大人が6人ぐらい。はじめに、自分が作る凧を決める。八重山の伝統的凧にはいろいろな種類がある。骨が多くて絵柄がなく、上の方が広がっている台形の「ピキダー」、正三角形の骨組みを2つ組み合わせた「ロッカク(六角)」、正方形を組み合わせた「ハッカク(八角)」、柱時計の形をした「時計凧」など。
私は最初、シャクシメーにしようと思った。これは凧というより凧につける仕掛けで、羽を広げた蝶の形をした小型の細工が、凧糸に沿って本体の凧まで上がっていくものである。
凧につけた糸をまとめる糸目をシャクと呼ぶのだが、シャクシメーがすごいのは、蝶がシャクに届いた瞬間、羽を閉じ、手元に戻ってくることだ。羽が閉じるときに、仕掛けた紙吹雪を降らせることもできるという。からくりがいろいろあり、細かい作業が多く高度な技術が必要、ということはあとで知るが、このときはとにかく、これが作りたかった。しかし、
「シャクシメーにしようかな」
というと、今日も講師をしてくれるノージと助手のノブちゃんに笑って流されてしまった。
どうも高望みらしい、と気づいてほかを探すと、見本の絵の中にカーブヤーという洋凧に似た凧がある。私が作りたいと思ったのは、カーブヤーが3つぐらいつながっているやつだ。ちょっとした連凧である。かっこいいに違いない。
「これはどう?」
「それは簡単。骨が少なくてすむし」
そうノージさんにいわれてよく見ると、なるほどシンプルである。となると、つまらない。前から薄々感じてはいたが、どうも私は欲ばりらしい。どんなときでも大きくて難しいものにチャレンジしたいのだ。
とにかく大きな凧を、ということで、いちばん紙の面積が必要なピキダーにすることにした。骨もいっぱいいるのでやりがいがある。ほかの人はロッカク、ハッカク、小さめのピキダーとそれぞれだが、今年の新春凧揚げ大会でシャクシメーを優良賞に輝かせたノブちゃんは、扇凧にチャレンジするらしい。どんなものがきるか私まで楽しみだ。
ノージによると、内地の凧はきれいに絵をつけ、高く揚げることより絵を見せることを重視する。そのため、凧からシャクまでを3mぐらいにし、長いしっぽをつけることで風をあてながら落ちないようにバランスを取る。沖縄の凧は高く揚げることを重視し、シャクまでを短くしてしっぽをつけない。
昔は紙が貴重だったので段ボールで凧を作ったそうだ。今日は紙だけは用意されている。しかし骨は丸のままの竹を割って作るらしい。
「ここから竹を1本取って、ナタで4つに割って」
ノージはスイスイとやってみせるが、自分がやるのは別だ。カマを竹に食い込ませることだけでひと苦労。周囲に負傷者が出ないよう、なるべく人がいないところでひっそりと格闘する。
カマ、切り出しナイフ、枝切りバサミ、カッターを駆使し、竹を細くしたり、薄くはいだり。途中、知らぬ間に指を少し負傷していたが、各種刃物や竹の扱いにはだいぶ慣れた。
骨ができたら、枠を作り中にさらに骨を入れていく。私の凧の大きさだと、枠組み以外の骨は、縦に7本、横に7本になるらしい。同じサイズのピキダーでも、石垣の凧はその倍ぐらい骨がいる。西表の凧でよかったぁ。
骨は竹の内側をはがして半分の薄さにして作ってある。骨を組み立てるときはカッターで、骨のさらに半分の厚さのところに切り込みを入れ、ふたつの骨をかませる。枠のなかの骨は、上下に編むよう置いていくので、組み上がったとき真ん中を持つと、そのまま全部の骨が持ち上がる。のりも糸も使わずここまでできるなんて、すばらしい。骨組みが多いデザインは時間がかかるが、形になってみると、それだけの価値はあった。
1時ごろやっと昼食にする。午後は紙はりだ。
凧作り講習会の告知に「9時30分から15時」と書いてあるのを見たとき、なぜそんなに時間がかかるのか理解できなかった。どうせ紙をはるだけだから、絵を描いてもせいぜい2時間だろうと思っていた。その理由がやっとわかった。とても3時では終わらない。あっという間に時間が過ぎていくのだ。
午後の紙はりも、意外と手間取った。骨組みの下に紙を置き、周囲に切り込みを入れ、小麦粉で作ったのりをつける。紙を引っ張りながら骨を巻き込むようにはっていく。裏からも、短冊状に切った紙7枚をそれぞれの骨の上に張り、午後3時、やっと本体が完成だ。しかし絵を描くこともシャクをつることも、時間がなくてできず。小型の凧を作った2人以外は、全員紙はりまでで時間切れだ。年明けに凧揚げ大会があるというので、続きはそのときに。
3時からはアンツク講習会である。今日はいちおう初顔合わせなのだが、体調を崩していたり、島外に出ている人もいて、集まったのは5人。それでもオリエンテーションははじまった。
西表では昔から、身近な植物でさまざまな道具が作られ使われてきた。しかし時代の流れとともに作る人も使う人もなくなり、伝統の手仕事の技は、絶滅の危機にあった。
ことを憂いたノージさんは、身の回りにかろうじて残っていた民具から作り方を究明し、技術を掘り起こした。今回の講座は、昔から使ってきた道具を勉強して伝えていく後継者育成プログラムの一環で、こういった講座も将来的には、町の教育委員会と連携していきたいという。
ノブちゃんが、材料を取る場所について、まず説明をする。
「先週材料採りに行ったのは私有地のアダンでしたが、先日、森林管理署から島の保安林地図をもらいました。ご存じの通り、西表は国立公園に指定されている地域が広くあります。どこのものなら使っていいかということも学びつつ、来年からは森林管理署提供という形を取って、保安林のアダンを使わせてもらうよう話を進めています」
こういうプログラムが公のものとなって定着し、昔のように多くの人が民具を作れるようになったらいいなと思う。
ノージさんは、アンツクにまつわる昔の光景を教えてくれた。
「今の時期、アダンの根を取ってきて縄をなうのは子供の仕事。凧にシャクをつけ、お正月に飛ばしたらあとはもうアザナシ(*1)の使い道はないから、今度はお父さんがその縄でアンツクを編んでたよ」
アザナシはもともと凧につけるために作ったものだった。軽いので凧の動きを制限しないという。2月に入ると田植えがはじまり、アザナシは田んぼで利用された。泥の中をなん度もくぐるうち、自然と泥染めになったという。
田植えが終わると、お父さんはアザナシでアンツクを作った。海に出かけて捕った魚やタコは、腰につけたアンツクに入れる。ザルのようになっているアンツクは、水を貯めず獲物を逃がすことはなかった。また、弁当をアンツクに入れ、巾着のように口を縛って木につるしたりもした。
「お弁当はクワズイモや芭蕉の葉などに包んで持っていったけど、ただ置いておいたんじゃカラスに食べられる。お昼に無事、お弁当が食べられるように、アンツクは必需品だったね」
田植えのあと捕ってきた魚やタコを貯蔵することは、稲刈りの準備となった。刈り入れが始まると、食料を調達する時間はないからだ。今と違って田植えも稲刈りも手仕事。おまけに農家がなん軒も集まり手伝いあっていたため、田植えも稲刈りも1カ月以上続いたという。アザナシやアンツクは生活になくてはならないものだった。
「昔は田んぼの仕事を子供も手伝わされたけど、いまは機械。子供が手伝うこともない。アザナシを通して親子の交流もないし、子供のジンブンがずいぶん足りなくなっているね。今の年寄りはもうアンツクを作れないし、若い人でやりたい人もいない。だから子供たちの遅れを取り戻すために、少しずつでも伝えたいと思ってね」
子供のころから手先が起用で、生活の中でいろいろな民具を作ってきたノージ。絶滅しきる前に講座を思い立ってくれて、ほんとによかった。
今まで1日講座しかしなかったので、子供のおもちゃぐらいしか教えてもらえなかったが、これからは竹カゴとかふたつきのカゴとか、もっと難しいものを作る講座もやってくれるらしい。
「節祭の前なんか、アダン葉ぞうりの講習会をやるといっても、『2000円出せば買える。買った方が上等よ』って見向きもしない。ヘタでも自分で作ったぞうりをはくと、祭の間の2〜3日が楽しいのに」
アダン葉ぞうりの講習会には、内地出身の若い女性たちが参加した。今回のアンツクバッグも、受講者は全員、内地からの移住者だ。残念だが、地元には「売っているものの方が上等」という意識の人もいる。
5時過ぎ、エコツー協会を出る。今日はあれこれやって大変だけど、大満足。植物のこと、刃物の使い方などこの1週間でずいぶんジンブンがついた。ここにいるといろいろ学べて楽しい。
このあと、久しぶりに温泉に行きゆっくりつかる。疲れたので夜の踊りの練習はさぼった。
(*1)アザナシ:アダンの気根やアダンの気根から取った繊維でなった縄。