11月7日(日)・8日(月) 「竹富島・種取祭」 晴れ、暑い

11月7日(日) 晴れ、暑い

バイト先のヘルパーの女の子と竹富の種取祭に出かける。このお祭は9日間行われるが、最も盛り上がるのは奉納芸能がある7日目と8日目。種取祭は節祭同様国の重要無形文化財に指定されており、大勢の人が竹富島を訪れる。特に7日目はほぼ夜通し家々をまわるユークイも行われるため、この日に竹富島に泊まることはかなり難しい。もともと宿が少ない上、島外に出ている人も帰ってくるので、ツテがない人は1年前から宿の予約をする必要があるのだ。私は3月に竹富で、「種取祝、キャンセル出たよ」と偶然教えてもらい、7日目の今日の宿の予約ができたのだった。

大きなお祭りなので、大原から竹富への直行便が出ていた。しばらく休憩して、4時ごろ、奉納芸能をやっている会場に行く。次から次に踊りがあって、ほんとうにすばらしい。しかも、レベルが高い。さすが芸能の島である。

6時にこの日の芸能が終了し、宿に戻る。2時間たっぷり舞台を見ただけでも満足し、疲れもしたが、芸能は午前10時から休憩もなくやっているのだ。席を立てない来賓などはかわいそうな気がする。

晩ご飯のあとはユークイについてまわる。各家ではタコとニンニクの甘酢漬けと御神酒を出してくれるのだが、なん軒も行くと口が相当くさくなる。眠くもなってきたので11時半ごろには引き上げたが、知り合いの民俗学者にはあとでバカにされた。
「朝までユークイを行うために、ニンニクで気分を高揚させて眠気を飛ばすんじゃないか。食べ方が足りなかったんじゃないの?」
 種取といえばユークイ。芸能は二の次らしい。でも私には、ユークイより芸能の方がおもしろかったんだもん。


11月8日(月) 晴れ、暑い

朝食後、9時半に宿を出て庭の芸能を見に行く。夕方5時まで、盛りだくさんの踊りや劇で大感激だった。子供と動物には勝てないというが(?)、子供が猿を演じた『畑屋の願い』では、花銭(おひねり)が飛び交っていた。この子はたいへん芸達者で、観客の心をつかむすべを知っている。将来が楽しみである。

夕方、石垣に出る。夜は舞踏家・新城知子さんの舞台。八重山舞踊三昧の日だ。

この間から三線教室に行きはじめたが、それに加え、踊りも習いたいと思っている。知り合いから名前を聞いていた新城さんに連絡したところ、ぜひ舞台を、ということになり、拝見することになった。実は10月末から新聞も取るようになり、「活字好き、お稽古事大好き」の私らしい生活が、西表でも送れるようになってきた。喜ばしいことだ。

屋内の舞台で踊られる八重山舞踊は、竹富の御嶽など屋外で見る踊りとはまったく別の芸術だった。種取祭では演目のレパートリーの広さに圧倒されたが、新城先生の舞台では、ひとつひとつの演目を宝石のように大切に磨き上げ、そっと見せてくれる。衣装はすべて、西表の染色・織物作家石垣昭子さんの作品。島の植物から紡いだ糸で織り、やはり島の植物で染めたものである。

そのすばらしい織物をまとった先生やお弟子さんたちが、ライティングを繊細に調整した舞台で踊っている。彼女たちの息づかいが見える距離にいる私たち観客は、踊りの世界に引き込まれていく。

いちばんすばらしかったのは、先生がひとりで踊られた創作女踊り「月願い」。白いティサージ(手ぬぐい)を手に舞っていた先生が曲の変わり目で後ろを向いた。こちらに向き直ったとき、ティサージは白ではなく赤に変わっていた。そのときぞくっとしたのは、ティサージの色が変化したからではない。小さな手ぬぐいを変えただけなのに、着物まで早変わりしたような、まったく違う雰囲気になっていたからだ。

この先生はすごいかもしれない。もし教えていただけるのなら、こんなに幸せなことはないだろう。
「ぜひぜひ、こちらこそお願いします」
 舞台を終えた先生は、小柄な体を半分に折り曲げながら歓迎してくれた。私が勝手に習いたいといっているだけなのに、そんなふうに受け入れてもらえるなんて……。
「踊りに興味があるとか、習いたい、っていっていただけるだけで、私たちはうれしいんですよ」
 先生のお嬢さん、オトエさんも重ねて暖かい言葉をかけてくれる。他のお弟子さんたちも、周りでにこにこ見守っている。なんだか幸せな夜だ。


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