11月10日(水) 晴れ
竹富に行ったり石垣で泊まったりしているうちに、節祭の練習が進んでいた。イスに座り歌詞を見ながら歌の練習をしていたのは昨日まで。今日からは立ち稽古も混じる。浜で行うヤフヌティをやった。女性陣にとってはこれがいちばんの見せ場、という芸能だ。トリチキから数えて6日目で立ち稽古は去年よりペースが速い。今年の芸能は、いちだんとレベルが高い?
11月11日(木) 晴れ
今日も夜、公民館で節祭の練習。そのあと衣装を分けてもらう。定住組以外の若者で干立に住みはじめたばかりの人たちは、節祭の衣装を自前で持っていない。公民館や余分があるおばあから借りたりするのだ。私は去年、化繊のスディナ(*1)を割り当てられたが、今年は本来の素材である麻(*2)。それだけでもうれしい。
今年初参加の人たちは、祭の雰囲気をつかむため、家でビデオなどを見て予習しているという。ご立派!
(*1)スディナ: 八重山の正装。着物のようなものだが両脇に腰のあたりまでスリットが入っている。下にカカンと呼ばれるプリーツスカートを合わせる。
(*2)麻: こちらの方言では「ブー」という。
11月14日(日) 晴れ
夜の練習に、おじい、おばあが毎日熱心に来てくれている。もちろん芸事の指導をするためだ。おじいたちは外のテーブルでだいたい飲みながら、なんだかんだといっている。この時期になると、島の外に住む干立出身者たちと思われる人々が帰ってきて、毎晩練習を見ながら公民館で飲む。連日続く祭のプチ前夜祭みたいなものか。
昨日から外での練習が始まった。狂言をやった青年が、「カジュル、カジュル……」といいながら食べ物をかじるマネをする。するとすぐに、
「そうじゃなーい!」
と公民館長のジーボさん。
「“かじる”んじゃない! 酒の臭いを嗅ぐんだ!」
“嗅ぐ”のことを方言で“かじゅる”というのか。それはナイチャーでは絶対にわからないだろう。
「あの子は語尾を伸ばしていってるけど、違うよ」
かじるマネをして怒られたのとは別の、西表育ちの青年の口上のクセを、ナリコさんは指摘する。伝統芸能を継承するのは難しいなぁ。
11月15日(月) くもり
今日はムラングトゥ。節祭前の清掃を部落総出で行った。御嶽にも周りにも、落ち葉が絶望的にたまっている。掃いても掃いても落ちてくるのも腹立たしい。黙々とみんなで掃除をし、山にした枯葉に火を入れていく。
「内地ではこんな豪快なたき火はできないわよね」
とうれしそうにいうのはタナカさん。都会ならきっと、すぐに通報されるだろう。落ち葉だって燃やせばダイオキシンが出るらしい。都会では落ち葉をゴミとして、ビニール袋に入れて燃えるゴミの日に出さなくてはいけないのだ。
「焼き芋、やったらできたかなぁ」
と私がいうと、
「ああ、お芋。持ってこようと思っていたのに忘れちゃった」
カネコさんも同じことを考えていたのか。来年、ムラングトウにはベニイモ、ジャガイモを忘れず用意しなくては。
昼に公民館から提供されたカップラーメンを食べていると、シオカワさんが教えてくれた。
「ウホさん、この間、木を切っていたら落ちて脚を折ったって」
どうも見かけないと思ったら、ケガをされていたとは。節祭直前に入院とは、ウホさんも残念だろう。
11月16日(火) くもり
節祭を迎えた。節祭には“シチ破れ”といって、天気が荒れることがあるという。平成4年は台風みたいな天気になり、船漕ぎ競争のときに船が転覆。沖にどんどん流されエーシンおじいがおぼれたらしい。
「中学生の子供なんかが船に乗ってたから、みんなでその子たちを心配していたのよ。でも子供はみな泳いで戻ってきて、エーシンおじいなんかが泳ぎ切らんでよ。最後はみんな震えながら火を起こして、あたっていたよ」
明日の天気はどうなのだろう? ずっと晴れていたので雨が降ってもおかしくないのだが……。
節祭は農業のお正月である。この日は家の掃除をし、採ってきたシチマシカッツァ(イリオモテシャミセンヅル)を家の柱など大事なものに巻く。そうして魔よけにする習慣がある。私もシチマシカッツアを車のバックミラーと古酒のカメに巻いた。お酒はやはり大事だ。
夜はウブシクミ(リハーサル)。今年は練習を念入りにやったと思う。その成果はあって、去年より上等にそろっている気がする。本番の明日が楽しみだ。