11月20日(土) 晴れ
隣のマユミちゃんがメゾン三吉を出ていくことになった。勤めているホテルの従業員寮が完成したからだ。
「よかったら遊びに来てくださいよ」
彼女は「引っ越しが落ち着いたら」という意味で声をかけてくれたのだが、以前から話題になっている従業員寮はいち早く見たい。そこで引っ越し最中の今日、押し掛けることにした。
ホテルの従業員寮はセメント工場の敷地内にある。二転三転してここに落ち着いたのだが、それでも部落の人の数より多いホテル従業員がここに住むことに、地元から反対の声が出ていた。西表の暮らしをそれほど知っているとは思えない内地からのアルバイトが、主に入居するのだ。夏の間だけ働いてすぐに島を出る人も少なくないらしい。そうであるとしたら、「まがりなりにもまとまってきた部落が成り立たなくなる」という地元の心配ももっともだろう。
寮は3階建てで、廊下の左右に部屋がたくさん連なっている。3階の海側の部屋に人気が集中したらしいが、西表暮らしも3年目のマユミちゃんは、2階の山側の部屋をあえて選んだ。
「海側っていったって、海は見えないんですよ。それに3階だと、夏は天井の熱が夜になっても冷えなくて居られないって」
おまけに山側は南向きだ。部屋が明るいし、窓にふとんを干すこともできる。さすが、ここの気候をよく知っている人は違う。
部屋はメゾン三吉と同じぐらいの広さだった。そこに二段ベッドがあり、トイレとユニットバスがついているため居住スペースはいまより減る。それでも、新築であること、なによりトイレとお風呂が部屋の中にあるのがうらやましい。冬の風の強い日でも、カゼをひくことを心配せず、好きな時間にお風呂に入れるのだ。
これで光熱費込みの1万2000円はだれもがあこがれる条件だろう。しかしマユミちゃんはシビアだ。
「いまはきれいだけど、みんな島の暮らしを知らないから、内地の感覚で食べ物をそこらに放置したりして、あっというまにゴキブリやらネズミやらが出ると思うんですよ。そうしたら荒れるのは早いですよね」
彼女は実に、先のことまで読んでいて感心する。メゾン三吉は光熱費を入れると家賃が2万5000円ぐらいになる。今度から1万2000円で済むので、その差額を毎月貯金する、ともいっている。
「先々なにが起こるかわからないですからね」
まったくその通り。私も見習って、500円玉貯金でもしようかしらん。
11月21日(日) くもり
家の外に出たら、三好さんに呼び止められた。
「昨日の夜は、見事にネコが逃げて行きおったぞ」
といって笑っている。
なんのことかと思えば、昨夜、三線の初練習をしたのだ。音があまりにひどいのでネコが逃げた、といいたいのだろう。ふん。失敬な。
調査に来ている知り合いを招き、うちに泊まっている友だちと3人でわが家で晩ご飯。宴の終了後、知り合いを車で送った帰りのことだ。住吉牧場の隣を走っていると、道になにかが落ちている。いったん通り過ぎたが、もしかして? と思い引き返すと、やはりヤシガニだった。まだそれほど大きくない。どうしたものかと考えたが、やはり連れ帰ることにした。大きく育て、食べることにしよう。
ヤシガニは巨大なハサミを持っており、なんでもちょん切る(らしい)。ヘタにさわると、指ぐらい簡単になくすことになる。車にはたまたま発泡スチロールの保冷箱があった。本体とフタをちり取りとホウキのように使い、挟み込むようにして捕獲することにした。
発砲スチロールの道具でさっと触れる。すると、ものすごい勢いでこちらに襲いかかってきた……ということはなかった。そういう事態も心配していたのだが、ヤシガニはワケのわからないうちにあっさり捕まった。箱の中で暴れているのだろう。発泡スチロールがこすれてカサカサいう音が聞こえる。運転している途中で脱出し襲ってきたら大変なので、ほかの荷物で重石をし、慎重に帰る。
「なに拾ったと思う?」
家に着くと、留守番していた友だちに聞く。
「なに?」
「ヤシガニ!」
「どこで?」
「道」
「どうするの?」
「どうしよう」
飼育箱は三好さんに作ってもらうことにした。でも、もう遅いので声をかけるのは明日だ。朝までこのヤシガニをどうすべきか? 保冷箱のままでは窒息するかもしれない。餌はどうしよう。
友だちがネットで調べたところ、ヤシガニは超雑食でドックフードまで食べるという。それならば、と、とりあえず今晩は食べ飽きたカボチャの煮物をやることにした。庭に転がっていた漬け物樽にヤシガニを移し、カボチャとお水を入れて板でフタをする。そばにあった炊飯釜を重石代わりに載せておく。これで朝まで大丈夫だろう。
ヤシガニはちょうど、捕まえたいと思っていたところだった。10月に友だちが石垣でヤシガニを捕まえ、食べた感想を送ってくれていた。
「ヤシガニはスープ仕立てにすることになりました。まずさっとゆがき、身をカナズチで叩いて鍋に入れます。足の殻はかなり硬いです。
ロブスターなどと比べるとコクがあるというか、こってりしていて脂っぽい、独特の味がありました。パサパサ感が全くないんですよ。
ヤドカリ科のため、こってりした味噌にあたる軟らかい甲羅の胴体部分が硬い甲羅の下に続いており、その部分がエビ・カニに比べて多いそうです」
これが実においしそうなので、うらやましかったのだ。
さて翌朝、ドアを開けると、炊飯釜が転がっているのが見えた。
「まさか!」
駆け寄ると、フタ代わりにした板が横に転がり、漬け物樽の中には食べ残しのカボチャと水があるだけだ。三好さんが間違えてフタを開けないよう「ヤシガニがいる」と紙に書いて張っておいたので、誤って逃がしたとは考えにくい。
部屋から出てきた三好さんに、ヤシガニを捕まえたが逃げられた話をすると、
「あれは相当力があるからな。その程度じゃ簡単に逃げるよ」
とあっさりいわれた。大きくなったらヤシガニそばを作ろうと思ってたのにな。
「逃がした魚は大きい」というが、今回の場合、「逃げたヤシガニは小さい。でもショックは大きい」といったところか。いつごろ脱出に成功したのだろう。まだこの辺にいるのかな? 今度見つけたらすぐにスープにするからな。覚悟しとけよ!