夕方から白浜で「学校存続問題等教育懇親会」が開催された。西表西部の西表、白浜、船浮、鳩間の4小中学校では、児童・生徒の少ない状態が続いている。国の三位一体改革の影響で財政が悪化し、竹富町には、このままでは学校が維持できなくなるかもしれない、という心配もあった。そこで地元の人たちが学校の存続・統廃合について、思うところを話し合う場を町が設けたのだ。
ひとくちに西表西部地区といっても、似たような集落が集まっているわけではない。上原地区と呼ばれる船浦から浦内までの新興集落には、民宿、商店、カヌーやダイビングショップがたくさんあり、そういった職場で働く若い人が大勢住んでいる。
一方、浦内橋を越えると、歴史と伝統の干立、祖納、白浜の3部落になり、住民の大多数を占める高齢者が、農業や漁業で生計を立て自給自足に近い暮らしをしている。おじい・おばあたちは先祖代々伝わる土地を大切にし、アパートを建てて人に貸すとか、土地を売ることは滅多にしない。
そういった状況の違いは児童・生徒の数にも現れている。上原地区には独立した小学校と中学校がひとつずつあり、スクールバスが通う。児童・生徒が減る気配もない。それに対し浦内橋の向こうの集落では、干立と祖納の児童・生徒が通う西表小中学校、白浜に白浜小中学校、白浜から船でしか行けない船浮には船浮小中学校があり、住民50人ほどの鳩間島にも鳩間小中学校が存在する。
しかしいちばんにぎわっている西表小中学校でさえ、現在の児童・生徒数は20人程度で、ほかの学校は小中学生合わせて10人以下だ。しかも欠けている学年があったり、複数の学年が1クラスで授業を受けたりしている。干立、祖納、白浜地区にはアパートや貸し家がほとんどないため、いまのままでは子供が増える可能性は少なく、むしろ今度減ることが予想されている。そのため学校の存続・統廃合がしばらく前から問題になっていた。
懇親会開始時間の7時半を少しまわったころに着くと、すでに50〜60人の人が見えた。時間が守られることの少ないこの島では珍しいことで、関心の高さがうかがえる。出席者の多くは子供を持つ親や、現役あるいは引退した学校の先生たちだ。
最初に町から現状の説明があった。配られた資料には、今後5年間の児童・生徒数の推移が書かれている。どの学校もじわじわと減ったり増えたりしながら危機的状況は続くようだ。白浜では将来、中学生は学校の先生の子供だけということが予想されている。先生の任期は2〜3年。いまの先生が転出すると、中学生はゼロになる可能性が高い。
最初に発言したのは船浮の先生だった。
「船でしか行けない船浮、鳩間の学校は、たとえば白浜に統合されても命がけの通学になります。物理的に無理だと思います」
この先生自身、10年以上船浮から上原の学校まで教師として毎日通っていたという。冬は北風が強く海人でさえ漁をあきらめる日が続く。そんなことを考えると、「命がけの通学」というのはあながち大げさではない。
この発言のあとは、主に白浜小中学校、西表小中学校の学区域に住む人たちから意見が出た。学校存続派の考え方はこうだ。
「小・中学校は存続の危機かもしれないが、保育所は現在、満杯。白浜に団地(町営住宅)もできる。数年しのげば統合しなくてすむのではないか」
「なぜ子供が減っているのか? 学校を存続させるには子供を増やす努力をしなくてはいけない。まず若い人が住めるような住宅を整備する。働ける場所を作る。そうやって部落を発展させる。どうしたら若者が来て働き、定着できるのか、町も一緒に考えなくてはいけない」
「学力は都会に負けるかもしれないがジンブンは勝る。少規模学校のよさをもっと評価するべきだ」
存続派の大半は地元の人なのだが、中には生まれ育った土地を愛するあまり、
「学校がなくなるのは寂しい。あってはならないことだ」
「いつか状況がよくなると、なぜ前向きに考えられないのか。しのいでしのいでいけば、願いがかなうときが来るはずだ」
と感情論的な発言をする人もいる。
「子供たちが大きくなって帰ってくることを願おう!」
「子供を増やすために、地元は親戚などを呼び寄せる努力をするべきだ」
という意見もあったが、住むところも仕事も充実しているとはいえない島だからこそ、子供は高校進学で島を出てしまうと戻って来ないのではないか。親戚に「学校を存続させるため、子供を連れて来ないか?」と誘っても、このような島では実際に移り住んでくれる人はどれだけいるのだろう。
「登校拒否の子供を持つ親の中には、田舎の学校に行かせてでも義務教育を終えさせたい人がいる。現に、船浮校では山村留学という形でそういう子供を受け入れ、子供たちは学校に通うようになっている。行政からの補助金が整備されればそういった需要ももっとあるのではないか」
こういった留学が成功しているのは喜ばしいことだが、学校の存続をこれに頼るのは難しい気がする。
「子供の数が少ないため、学年を越え、縦罫列の先輩後輩のつながりができている。大変よいことだ。だから学校は統合しない方がいい」
学校が統合されてもいきなりマンモス校になるわけではない。学年を越えたつながりというのは守られるのではないか?
意外に思ったのは、
「学校は親の目の届くところにあってほしい」
という意見が複数出たことだ。
「(親から)子供の姿が見え、声が聞こえる場所で子供は育つべきだ。子供は地域で育てていくものである」
という考え方である。こういう発想は都会では薄れてきている。都会の親は、高い教育レベルを求めて越境通学させたり、私立の学校に電車通学させることを苦にしない。地元の学校にこだわらない人が多いのだ。現に中学から電車通学していた私はそういう発想に慣れていたので、大変新鮮に聞こえた。
また、「学校と地域と子供は一体。学校は地域にあるべきだ。学校が地域の土台となって地域が発達していくのだ」という発言は、歴史の教訓をふまえた意見でもある。これまで廃村になった部落を見ると、人口が減り、廃校になったことで村を出る人が増え、過疎化が進み廃村に追い込まれる、というパターンだった。道路が整備され、簡単に車で行き来ができる現在は当時と状況が違うが、廃校=廃村というイメージはぬぐいがたいのだろう。
一方、内地からの移住者に多い統合推進派は、こう考える。
「子供は子供どうし、集団の中で育っていく。大勢の中で切磋琢磨するべきで、力を合わせてなにかを成し遂げることも必要だ。グループ学習も球技もできない現状ではかえって子供のためにならない。『社会はこんなものだ』と勘違いし、井の中の蛙にならないよう、少なくとも中学は西部にひとつ、東部にひとつでいいのではないか」
「白浜に町営住宅ができるといっても、たった4棟。状態が大きく改善されるとは思えない。欠学年、複式学級では子供たちがかわいそうだし先生の負担も大きい。ぜひ統合を進めてほしい」
移住者であるいまの若いお父さん、お母さんは、1クラス30〜40人程度の学級で学んできている。自分の子供に同級生がいないかもしれない状況は、経験したことがないだけに不安が強いようだ。
懇親会の中でいちばん説得力があったのは、やはりこれから学校に上がる子供を持つ親の意見だ。
「現在、子供は保育園に通っていますが、同世代の友だちがたくさんいます。しかし学校に上がると、中学を卒業するまで同級生はひとりもいません。それでは子供が寂しい思いをするのではないかと心配です。できれば地元の学校に通わせたいですが、子供のことを考えると統合した方がいい気もします」
「うちの子は来年小学校に上がりますが、同級生はおらず、上の学年も下の学年も男の子だけです。思春期になって、親にも相談できない悩みができたときに、同じ年ぐらいの同性の友だちが学校にいないのはつらいのではないかと複雑な思いです」
私自身、学校は統合した方がいいと考えている。島には高校がないため、子供たちは中学を出たら親元を離れて暮らさなくてはならない。こうした特殊事情を考えると、子供はできるだけ大勢の同級生の中で育った方がいいと思うのだ。
「内地の子供の多くが少なくとも高校を出るまで家にいるのとは違い、島の子供はいろいろな力を短縮して身につけなくてはならない。それを頭に置いて学校の存続・統廃合は考えていくべきだ」
と発言した先生がいたが、その通りだろう。
社会にはいろいろな考え方の人がいる。島では子供は大事にされ、大勢の人に温かい目で見守られて育つ。しかし中学を卒業して、たとえば石垣の高校に出ただけでも、まったく違う環境になる。西表に比べると石垣はずいぶん都会だ。自分のことを知らない、あるいは自分に関心のない大人がほとんどだといっていい。同級生もいきなり増える。そういう環境の中で、同級生がせいぜい数人という学校の出身者が自分らしさを保って生きていくのは容易ではないのではないか。
これが那覇やあるいは内地の学校や会社に通うとなれば、もっと大変だ。社会に出ればさらにいろいろな人がいる。島の環境やきめこまやかな少人数学級は魅力だが、なにも先生と生徒がマンツーマンに近い状態は望まない。十人十色というけれど、クラスメイトは少なくとも10人ぐらいはいたらいいなと思う。
困難な社会の中でつぶされずたくましく生きていくには、小さいころからなるべくいろいろな人の中でもまれた方がいい。それが、生まれ育った環境とはまったく違う西表で“修行な日々”を送る私の考えである。