10月4日(月) 「芸能大会への道・奢り」 晴れときどき雨

午後2時、いつものように公民館に行くと、外で保健婦のヨシダさんが健康相談をやっていた。おばあたちが数人集まり、ゆんたくしている。

こんにちは、と挨拶してホールに入ろうとすると、
「ヤマシタさん、体重と血圧計っていけ」
とヒデコおばさん。こういうときは、「私はいいです」とノリの悪いことはいわず、はいはい、と従うに限る。

「踊りの練習なんですか? 竹婦連の?」
 と血圧を測りながらヨシダさん。
「そうなんです。まだ出られるかどうかわからないんだけど」
と私。
「そうよ、直前までみんなで練習して、いちばんいい人を出すんだから」
 ギマのおばさんが誇り高くいう。
 
 このときなんとなく、地元の踊りに対する思いが、少しわかった気がした。実際、出られるかどうか試されているのは私だけだが、今度の芸能大会は、いちばんいい人を出す、村の自慢の踊りをみんなに見てもらう、という思いのこもった舞台なのだ。それなのに、私には「出てやる」という奢りがどこかにあったのではないか? 
 
 祖納、干立のような古い村ではいろいろな行事があり、行事に出ることをわずらわしいと思う人もいる。特に踊りなど、毎日のように練習が必要なことは、好きじゃないとできないことのひとつである。若い世代は仕事や子育てに追われ、踊りの発表会があっても出られないことが多い。必然的に、なん十年も踊ってきたいつものおばあたちが、舞台に立つことになる。

 こうした状況では後進が育たないと憂いて、「若い世代にももっと出てほしい」と、カヨコさんは今回特に、20代、30代に熱心に声をかけた。前から踊りは習いたかったし、そういうことなら出ますよ、と私は返事をしたのだった。

『公民館たより』という新聞が、干立村の中で不定期に配られている。そこにはよく「バシマ」という言葉が使われる。「我が島」がなまって「バシマ」なのだが、我が島は西表のことではなく、「我が村」の意味なのだ。「バシマを誇りましょう」「すばらしいバシマをつくるために!」といった表現が、コラムの最後によく顔を出す。東京で生まれ育った私には、ここまでのバシマ礼賛には共感を持ちにくいのだが、干立原住民には私の想像を超える郷土愛があるのだ、と気づかせてくれる表現である。

「公民館たより」やギマのおばさんの発言から察すると、私も踊ってあげる、という気持ちではなく、郷土の大切な踊りを私も踊らせていただけるとうれしいのですが、という謙虚な姿勢でいるのが正しいあり方なのだ。

夜、みんなで練習していると、日によっていろいろな人が見にくる。最初のうちは「時間に余裕があるんだな」と思っていたが、なにもヒマで娯楽がないから顔を出すのではない。大事な踊りがどれだけ上等に仕上がっているか、楽しみにしながら、同時にチェックしにきているのだ。

 体重と血圧を計り終えた私は、ホールでひとり、練習をはじめた。外ではおばあたちがまだ、ゆんたくしている。見てないようでいて、私の踊りもしっかり細部まで観察されている。


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