自分で決めたことではあるが、1日5〜6時間の練習がきつく、しかもだれにもほめてもらえないので、めげそうになっていた。ご近所のタナカさんに昨日メールでぐちると、今朝、返事がきた。
「踊っている姿を道路からちらっと見かけましたが、悲鳴を上げるほどの練習の成果が出ているようですね。踊るのが楽しくなってきたのでは? ガンバレー!」
ものすごくうれしくなって、また頑張ろうと思った。人はささいなひとことで、絶望したり元気になったりするものだなぁとつくづく思う。
ゴミ捨て場までゆっくり車を走らせていたら、生け垣の手入れをしているシオカワさんに会った。
「踊り、頑張ってるか!」
ニコニコと声をかけてくれる。
「頑張ってはいるんですけどね……」
「もっと低く踊ればきれいになる、っておばあたちがいってたよ」
そういえば昨日、シオカワさんも公民館の外で、夕方、おばあたちとゆんたくしていた気がする。
「足首が硬くてあまり低くならないんですよねぇ」
足首だけでなく、体全体が硬いのだが。
「違うよ。腰と膝を落とすんだよ」
ほめるでなく、けなすでなく、「見守っているよ」というこんなメッセージもうれしかった。
夜、自分の踊りを撮ったビデオを見た。衝撃的だった。ビデオをまねて踊っているので、いつのまにか踊れている気でいたが、ひどいもんだ。腰はふらふらしていて歩き方がへんだし、扇もビシッと決まっていない。がっかりした。ひとはささいなことで、やはり絶望するのだ。