10月10日(日) 「芸能大会への道・黙考」 晴れたりくもったり

 気を取り直し、練習を再開して3日目。またちょっと悲しい出来事があった。

今日は若手有力メンバーのひとりが休んだ。彼女のポジションにだれか他の人が入って踊らないと前後の間隔がわからない、ということになり、オブザーバーでたまたま来ていた女の子が、
「入りなさい」
と呼ばれた。当然私に声がかかってもよさそうなのに、そうはならなかった。私はひそかに傷ついた。

オブザーバーで来ていた女の子は東京出身の子だ。こちらでナイチャーと結婚したが、家も建て、ずっとこちらに住むつもりでいる。子供も作り、村にとっては大事な人材だ。踊りもとても上手で、数回練習に来ただけなのによくおぼえていた。彼女がそこによばれるのはもっともだった。

そのとき踊っているメンバーの顔ぶれを見て、
「どこから来たかではなく、どこに行くのかが重要なんだなぁ」
と感じだ。内地出身者を疎外しては、もはやこの部落は成り立たない。来るものは受け入れる。問題はどこに行くのか、いや、どこにも行かずここにい続けるかどうかだ。干立の人間として一生やっていく人を大事にする、そういうことなのだ。

練習前に婦人部のミーティングが行われた。いつも踊りに出てくるメンバーにカネコさんを加えた10名が出席。みんな顔見知りでわきあいあいとした会合となった。私が浮いている感じはなかった。

9時半をまわり、踊りの練習がはじまった。カネコさんは帰っていった。するととたんに、「地の人」「よその人」という見えないカーテンが降りてきた。よく考えたら、その場にいる人は、今度舞台に立つ以外の人も含め、私以外みんな一生こちらで生活する人たちだった。

 昼間、あけぼの館に寄ったときのこと。いつも話をよく聞いてくれるヒロミさんは、私の近況を聞いて、こういった。
「いつまでこの島にいても、“地の人”になれないのはわかっているわよね?     そしてよそから来ている人には『この人、いつまでいるんだろう?』という思いが、私を含めた島の人にはあるの。これまでも多くの人が通り過ぎてきたわけだから。そして、その人その人に応じたおつきあいをするのよ。歳月の重みというか、時間が経たなきゃ得られない信頼ってあると思いますよ」

昔、出張で行ったニュージーランドで、日本食屋のマスターがこういったのも思い出す。
「ワーキングホリデーで働いていた子とは一緒に写真撮ったりしないんだ。どうせ思い出のひとこまにしか過ぎないじゃない」
 いい経験でした、ありがとう。数カ月経ったら出ていくバイトたちは、通りすがりの人々。真剣につきあうのはバカらしい……そんなニュアンスだった。なん十年、あるいは先祖代々干立で暮らしてきた人たちにしてみれば、私も通りすがりの人間にすぎない。それを、1年ちょっと住んだだけで「信頼されてない」とか「受け入れられてない」とがっかりする方がおかしいのだ。

いっそ「私は取材者」と割り切るべきなのかもしれない。そうすれば、「本来は見るだけなのに、祭りに参加させてもらえたり、踊りの練習にも加えてもらえる。ありがたい」という気持ちになる。しかしなかなかそこまで“周りに期待しない”ということができない。

人によく思われたいとか、受け入れられたいと思う気持ちは窮屈だ。これまでそんなことは特別に考えなくても、いつも周りからなんとなく受け入れられてきたのに、ここでは違う。だからよけい「受け入れられたい」と意識して、周りの反応に過敏になってしまう。辛くて苦しい毎日だ。


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