10月23日(土) 「芸能大会への道・晴れ舞台・その1」 晴れ

電話が鳴って目が覚めた。
「チナミさん、今日は大原まわりですから」
カヨコさんからだ。波が高く、船浦から船が出ないというお知らせ。40km離れた大原港まで行かなくてはならない。時計を見ると午前6時25分。5時50分に目覚ましをかけたつもりが、間違えて6時50分にセットしていたらしい。あわてて支度をする。あと15分で家を出ないと。

昨日はよく眠れなかった。明日は夜中までかかるから早く寝よう、という思いが強すぎるのか、3時過ぎまで寝つけず、眠りも浅かった。寝た気がしない。本番当日なのに、スタートからつまずいた感じがする。

大原までの車の中も、石垣への船の中でも、ずっと黙っていた。若手の踊り手たちと一緒だったが、彼女たちの共通の話題は、私の知らない内容だった。しゃべるとセキが出るのでちょうどいい、とは思ったが、少し寂しかった。

石垣でみんなと別れ、ひとり別のホテルにチェックインする。宿のことは最後まで迷ったが、3人部屋でほかの人に気を遣ったり、自分の知らない話をする人たちといるより、思い切って別の場所に泊まった方が気楽だと思った。それにどうせ、寝るだけだ。

石垣市民会館の楽屋は、たくさんの女性で賑わっていた。私たちは上原連合、波照間、古見、大富などと一緒の大部屋。あちこちで髪を結ったり化粧をしたりしている。部屋のすみには衣装や小道具などが置かれ、華やかだ。干立は部屋の真ん中あたりが割り当てられ、支度の手伝いに来ていた舞踊研究所の人2人が、出演者の髪を順番に結っていた。

「あとなん人? この子も?」
 おばあたちの髪を終え、若手の髪に手をかけながらお手伝いの方が聞いた。踊り手であるようなないような、ぽつねんとした感じでいる私の髪も結うのか? とたずねているのだ。

問いかけにいち早く答えたのは、婦人部長のカヨコさんではなく、楽屋の様子を見に来ていたヒデコさん。彼女はひとこと、
「それはやらんでいい、踊らんから」
といった。ほかの人はみな黙っている。

今日の舞台では30秒程度の『イーアール節』という踊りを、『干立口説』のメンバーに私を加えた8人で見せることになっていた。おとといのミーティングで、私はカヨコさんにこうたずねた。
「私だけ髪やメイクがほかの人と違うとおかしいから、『イーアール節』も遠慮した方がいいかなぁと思って」
すると、
「大丈夫よ。チナミさんも一緒に髪と化粧をしてもらうから」
 そうみんなの前でいったのだ。化粧品も髪を結うためのピンやネットもこちらで用意するから持っていかなくていい、と。

しかしヒデコさんのひとことで、私は髪もメイクも自分でやることになった。おとといのあの話はなんだったのだろう? でも、まあこんなもんだと、特に腹は立たない。ただ、みんなと同じような真っ赤な口紅や髪を結うための小物を、まったく持ってこなかったことが悔やまれた。

 こちらの物事の進め方は流動的だ。いったん決まったことでも、だれかのひとことであっさり覆る。そのことに賛成しかねる人がいても、表立った反論は出ない。しかし新しく決まったこともまた流動的なのだ。影響力のある別の人がなにかいえば、また元に戻ったり、別の方向に変わったりする。共同作業というのは、そうやって流れ流され進めていくのだった。
 
 楽屋で時間をもてあまし気味だった私は、手持ちの化粧品でメイクをはじめた。ファンデーションを塗るが、普段つけているものなので肌の色に近い。つまり、舞台化粧のほかの人より明らかに肌が黒い。どうしよう? しかしどうしようもない。しかたがないのでそのまま眉を描こうとしたときだった。

「あんたはよけてなさい」
 またヒデコさんだ。ほかの人がまだ化粧をしている最中だ。邪魔にならないようあなたは遠慮しなさい、ということだった。
「はい」
と返事をして化粧品をしまい、楽屋を出る。廊下を歩いていると、リハーサル中の舞台から三線が聞こえてきた。すれ違う人がみな、楽しそうに見えた。


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