朝、限界まで散らかった部屋をなんとかしようと、三好さんに棚を作ってほしいと相談しているときだった。ヒデコさんが私の部屋に向かって歩いてくるのが見えた。
「ヤマシタさんいるか?」
「はい。あ、ヒデコさん、おはようございます」
玄関の網戸を開けると、ヒデコさんはすっと入ってきた。
「おばさん、これが女の部屋だと思いますか?」
三好さんがあきれて同意を求める。
「しまうところがないからだろ」
さすがヒデコさん、鋭く見抜いている。私の部屋にはもともと収納がなく、あの手この手で工夫ししのいできた。8月にはついに棚をつけてもらい、本やファイルを置いたらずいぶん使い勝手がよくなった。しかし、スキャナーとプリンターは行き場がなく、「一時的に」と床に置いたまま邪魔モノ化。特にプリンターは箱から出しただけで、買ってから一度も使っていないというか、使える状態にないというか。
この状況を改善するためには、ぜひ棚がほしかった。テーブルにはノートパソコンとCD/MDラジカセと手作りのライトがある。その上にスキャナーとプリンターを載せた棚をつければ、ちょっとしたパワーステーションの完成だ。
棚の打ち合わせが済むと、
「材料を取ってこよう」
と三好さんは出ていった。さて、ヒデコさんはどんな用事だろう。お使いかな?
「あんた、どっか行っとった?」
「ちょっと那覇に」
「ああ、那覇に。石垣から直接?」
「はい。おととい帰って来たところです」
ヒデコさんは用件をいい出さないまま、外に向かって歩き出した。
「踊りは上等だったね」
「ほんとによかったですね」
「ナリコさんがちょっと背中曲がってたけど、いわんかった。おこりんぼうだから」
おこりんぼうというのはかわいいいい方だ。畳の楽屋で「足が痛くてイスじゃないと座れない」と子供のように私に訴えたときもかわいかったが。
「でも、あんな踊りは見たことないってみんなほめてたよ」
ヒデコさんは満足そうだ。振りつけをするとき、モトモリ先生はヒデコおばさんに、干立に伝わる踊りをなん曲も踊ってみせるようにいったらしい。その中で使われているユニークな動作をいくつも取り入れ、踊りが完成したという。
「うちの親父がよ、『赤馬節』のときにこんなしてこんなして教えてたからよ、やってみたら『ヒデちゃん、それ上等! それ入れましょう』ってなってよ」
左右の手をぐるぐる回し、耳の後ろからぱっと扇を立てて出す動作。それを元に、『干立口説』の5番の出だしが作られたらしい。これは今までにない手だったようでみな苦労していた。しかし実は昔のスタンダードの所作のひとつだったのだ。今回の振りつけを“昔の踊りの掘り起こし”といっているのは、そういうことなのだろう。
ひとしきり発表会の話が済むと、ヒデコさんはいった。
「あんたもね、これでもうこの踊りは踊れるから、ほかへ行ってもひとりで踊ったらいいさ。上等よ」
ヒデコさんはニコニコしていた。
「キミコに足を直してもらったら、ずいぶんよくなったし」
なんて思いやりのある言葉をかけてくれるのだろう。神行事や踊りの現場では険しい顔だが、普段はやさしくかわいいおばあちゃんなのだ。そのギャップになかなか馴染めなかったが、やっとわかった。ヒデコさんはこれをいうためにわざわざ来てくれていた。「どっか行っとった?」と聞かれたのは、発表会直後、まだ留守をしているときに訪ねてくれたのだろう。
ヒデコさんの言葉を聞いたら、不思議なことに心のわだかまりがすーっと溶けていった。ああ、これでやっと終われる、と思った。発表会はすでに過去なのに、昨日まで私の『干立口説』は終われずにいた。なんとか気持ちに区切りをつけたかったが、どうしようもなかった。
すっかりうれしくなった私は、気遣ってくれたヒデコさんに、なにかお礼をしたくなった。出ていこうとする背中に声をかける。
「ヒデコさん、柿、食べる?」
いただきものの、大きくておいしそうな柿があるのだ。振り返り、こくっとうなずくヒデコさん。
さっそく部屋に戻り、柿を探す。さっきまでテーブルの上にあったはずだが見あたらない。棚設置作業の足場を確保するため、モノを動かしたときにどこかに紛れたのだろう。
「ごめんなさい。いま、ちょっと見あたらないから、あとで持っていきますね」
そういうと、ヒデコさんはうんうんとうなずいて帰っていった。
柿はベッドの上のふとんに紛れていた。夕方、柿を届けると、
「うわぁ、大きいね。上等だね」
と思いのほか喜んでくれた。これですっかり終わった。さっぱりと気持ちのいい夕方だった。