いよいよ、ナポレオン街道を走る「皇帝ラリー」の始まりである。
フランス革命の時流に乗り、皇帝にまで上り詰めたナポレオンは、その後、配流されたエルバ島から再起を期して1815年に脱出。パリに戻り奇跡の復位を成し遂げた。そのときの風光明媚な行路の一部、ゴルフ・ジュアンからグルノーブルまでが再現され、 85号線、通称“ナポレオン街道”と呼ばれている。
このナポレオン街道を、知られざる魅力的な観光ルートとして世界にアピールしていこうと、地元ローヌ・アルプ地方商工会がジャーナリストを招いたツーリングを企画。グルノーブルに拠点を持つクラシックカーのオーナーズクラブの協力を得て、今回の皇帝ラリーとなった。
初日の今日は、ゴルフジュアンからグラースまでの25km。といっても、昨日のうちに空港からグラースまで移動し、昨夜はグラース泊。改めて今日は、コートダジュールのニースとカンヌの間にあるグラースまでクラシックカーで出かけ、そこからラリーを始めるのだ。
参加する車は約20台。1920年代から60年代に作られたビンテージカーばかりだ。
「好きなの選んで乗っていいよ。乗り換えも自由にね」
オーナーズクラブ世話役のフェリペさんが指示してくれるが、なにをどう選んでいいものやら。地下のガレージにずらっと並んだピカピカの名車たちを前にとまどうばかりだ。
すると「乗りなよ!」と運転席から合図してくれる車があった。ローレンさんの黒いジャガーMKU。さっそく助手席に乗り込む。1960年製造のこの車は、フロントパネルが木でできていて、美しく手入れされていた。「全部オリジナルだよ!」と、ローレンさんご自慢のようだ。
振り返ると、後部座席には先客がいた。フレンチブルドッグのコメット。赤い首輪にバーバリーの引き綱をしていて、なかなかおしゃれだ。恐らくは30歳代のローレンさんもパイプをくゆらし、ひと味違う雰囲気。この車は15年前に手に入れたというが、きっと小僧のころからハイカラ趣味だったのだろう。
「定年退職後のメンバーなんかしょっちゅうつるんでラリーしてるけど、僕は年に3、4回かな。働かなきゃいけないからね」
ラリーというとタイムレースを想像するが必ずしもそうではない。今回のようなツーリングも含まれるらしい。大学生にアパートを世話する会社に勤めているというローレンさんは庶民派オーナーといったところか。
車を連ねて走っていると、街行く人が立ち止まる。じーっと見る人、手を挙げて合図する人にはこちらも手を振り、ときにはクラクションを鳴らす。
「いい車だね!」
「そうでしょ。ありがとう!」
てな感じだ。日本のように見てみないふりして、後で「あの車すごくなかった?」と仲間うちで話題にするのとは、ちょっと違う。
対向車からも歓迎のアピールはある。クラクションを鳴らして手を挙げていくし、後ろから迫ってきたバイクのドライバーも、すれ違いざま親指を立てて去っていく。クラシクッカーそのものが市民権を得ており、人々の反応もストレートで気持ちがいい。
さて、30分少々で着いたゴルフ・ジュアンは、こじんまりしたビーチリゾートだった。コートダジュールの中ではカンヌやニースほど有名ではないが、ここもやはり高級リゾート。花が咲き乱れるメインストリート沿いには手入れの行き届いた庭のある家が並び、ハーバーにはゴージャスなクルーザーがひしめいていた。
1815年2月26日にエルバ島を脱出したナポレオンは3月1日ゴルフ・ジュアンの海岸に上陸。ということで私たち一行が海岸に着いたときには、ナポレオンとジョゼフィーヌに扮したカップル、そしてお供の女性数人が出迎えてくれた!
となるとあとは、大撮影大会。ナポレオンをジャガー カブリオレXK120(1960年)の横に立たせて写真を撮ったあと「英国車とナポレオンじゃ組み合わせがマズい」ということで車を替えてみたり。「ナポレオン! こっちこっち!」と呼びつけ“愛車と僕とナポレオン”みたいな写真があちこちで撮影されることになった。
ゴルフ・ジュアンでお昼を食べたあとは、ヴァロリスのシャトーミュージアムへ。ピカソ美術館、マニェリ美術館、セラミック美術館の3つが、16世紀に再建されたお城に入っているスポットだ。
次に乗ったのは、クリスチャンさんの1935年デラヘイ135MSのレプリカ。私はクラシックカー好きなのだけれど、詳しいわけでは全然ない。でもこれは、すごく目立ってかっこよかったので、どうしても乗ってみたかったのだ。
フェリペさんとともにオーナーズクラブの世話役をしているクリスチャンさんは50代か60代。本人はいわないが、ビンテージカーのコレクターだという。ほかの参加者によると、
「今回乗っているデラヘイはどこかに頼んで作ってもらったんじゃない?」
とのことだが、個人的に作ってもらった車なら、世界に1台のレプリカということになる。それはそれで貴重だろう。
ヴァロリスは古くから世界的に有名な焼き物と陶磁器の街で、1948年にここを訪れたピカソは55年まで滞在し、数多くの作品を残している。今日のメインターゲットはピカソ美術館だった。
展示してあるピカソの作品は、壺やお皿などの焼き物。中でひとつ気になる作品があった。下の方がふっくらとふくらみ、その先がすっと直立している大物の壺だ。この下のふくらみをお尻に見立て、壺には女性の後ろ姿の裸体が描かれていた。とてもなまめかしい。じっと壺を眺めているとフェリペさんがやってきた。
「この女性はフランス人だね。少なくとも日本人ではない」
そうすました顔でいい、私のお尻をちらっと眺め、手を振ってどこかに行ってしまった。ふん、失敬な。