美術館をあとにした一行は、18世紀の領主が設立したガリマール香水工場に向かった。細い道のまわりにプロヴァンス風の高い家々が軒を連ね、風情のある街グラース。香水製造所が集まるこの地は世界の香水の首都と呼ばれ、300年前から香水作りがおこなわれてきた。有名ブランドの香水も、元になるエッセンスはここで調合されているらしい。
案内人のお姉さんが教えてくれる。
「プレタポルテのブランドが新しい香水を出すとき、グラースの調香師はエッセンスのベースをブランドに送ります。それをオードトワレとか、ボディソープなどの製品にし、パッケージに詰めて売るのがブランドの仕事。香りの製品の値段が高くなるのは、デザイン料を含むボトルの値段、広告料などがかかっているからですね」
香水の首都を支えているのは、“ネ”(フランス語で「鼻」という意味)と呼ばれる調香師たち。彼らは1000の違ったエッセンスをかぎ分けられるという。調香師の数自体は減っていて、最盛期には200人いたが、現在は50人ほどだ。
「3グラムの粗製脂(香料エッセンスの一種)を抽出するにはジャスミンの花1トンが必要で、さらに精製されたエッセンスの『花脂』となると、そこからわずか1.2グラムしか採れません。あまりにたくさんの花が必要なので、ミモザやジャスミンはインド、モロッコから、スイカズラ、バラはブルガリアやトルコから輸入しています」
ガリマールでは香水を作るプロセスを模型で見せてくれるほか、工場部分では実際に調香しボトルに詰めるまでを人の手で行い、ショップでも販売している。香りをいくつか試してみたが、「緑茶」というのがみずみずしてさわやかだった。
香水工場に乗りつけたときは、世界に12台しか残っていないというフェリペさんのサルムソン カブリオレ/E72(1949年)だったが、帰りは再び車を替えて、バスに乗ることに。といっても公共交通のバスではない。ラリーに参加しているビンテージバスだ。
車体の横に大きく“EXCURSIONS NOTRE−DAME DE LA SALETTE”と書いてある22人のこのバスは、現オーナーのお父さんが1937年から55年まで運転していたもの。カソリック教徒を乗せてノートルダム寺院に巡礼に行くための乗り物だったという。クリスチャンにとって大切な車なのだ。
今回のラリーはとても楽しいのだが、多少気が重い点もあった。車のオーナーはフランス人とベルギー人。ベルギー人は英語がうまく、私は話がちゃんとできた。しかし9割を占めるフランス人は、英語は片言という人がほとんどで、話がはずまないのだ。参加クラシックカーの多くは2人乗り。助手席に乗せてもらいながら、「楽しい会話も提供できなくて申し訳ないなぁ」と心苦しくしていることも少なくない。ドライブ自体は楽しいので、ドライバーもこちらを気にせず景色を楽しんでくれていればいいが、それを確かめる方法もわからない。
ということで、ゆっくりしか走れないバスだが、英語しかできないジャーナリストの間では初日に限らず人気が高かった。ひとりぼーっとしていたいときなどに、大勢で乗りながら孤独になれるバスは重宝なのだ。だた、このバスはおじいちゃんなだけに、エンジンがかかるか毎回ヒヤヒヤ。「きゅるるる、きゅるるる」となん回か苦しげな音を出したあと、「ぶおーん」とエンジンが快音を発すると拍手が起きた。ま、こんなところもクラシックカーのよさかもしれない。