9月2日(木) 「温泉って……?・その1」 快晴

“世界のジャーナリスト”が集まるといわれた今回のラリーだが、実際にはヨーロッパからの参加者がほとんど。あとはアメリカから3名と中国からひとり、そして日本の私だ。

中国の女の子はまだ20代ぐらいで、大きな一眼レフとレンズをいくつか持ち歩き、精力的に取材をしていた。『旅行家』という草分け的旅行誌の編集者兼記者。公称240万部というから日本だったらすごい数字だが、中国ならこれからもっと部数が伸びるだろう。一般人の海外旅行はこの秋が解禁というが、彼女は仕事がら特別な資格でビザを得て、すでにいくつか海外取材を経験ずみらしい。

ほかの国の記者と話をしているうちに、ふと思いついた。ヨーロッパのクラシックカー事情について詳しい人から話が聞きたかったのだが、オーナーたちとは細かいニュアンスの会話が成立しない。だったら、ヨーロッパの記者で車に詳しい人に聞けばいいかもしれない。

ということで今朝は、スイスの車雑誌の記者、ロジャーさんに話を聞くことにした。
――ヨーロッパではクラシックカーは広く乗られているんですか?
「車のレストア技術の向上で、車庫に眠っていたビンテージカーがたくさん甦るようになりましたね。クラシックカーのオーナーズクラブも増えています。ただ、若い人は新しい車の方が好きみたいで、愛好者の中心は年輩の人です」

――どんな人たちがオーナーになるんですか? 
「いろいろですよ。財団で買ってコレクションするほかに、企業の役員なんかが個人的に買ったりね」

――やはり金銭的に余裕のある人たちですかね?
「そうでしょうね。冬の間は雪があったりしてほとんど乗れませんが、ビンテージカーは少なくとも半年に一度はエンジンやブレーキを動かし点検しなくてはいけません。僕も2台ほど持ってますが、そういったメンテナンスに費用がかかる。それなりの技術を持ったところでしかやってもらえませんしね。でも、車自体はそう高くないものも出回ってますよ。クラシックカー専門のカタログを見ると、1万ユーロ(135万円)ぐらいからあるから」

ふーん、なるほど。と感心していたら、出発に遅れそうになった。いかん!どの車もあいてなかったらどうしよう。

慌ててガレージに降りると、出庫を待つ車の列ができていた。どれにも人が乗っている。あせって後ろに小走りでいくと、1938年のランチア カブリオレ アルデンヌの後部座席が空いているのが目についた。
「後ろ、乗ってもいいです?」
「どうぞどうぞ!」
助手席に座る婦人が気持ちよく応じてくれた。あーよかった。

グルノーブルに住む40代のバリーさんご夫妻は、夫のジーン・ミッシェルさんが建築家で奥さんは掘削機械をリースする会社に勤めている。夫は病院や大型商業施設などの設計を主に手がけるというから富裕層だろう。家には、奥さんいわく、
「あの車と、あれと、あれもあって……」
と数え切れないぐらいクラシックカーを所有しているらしい。この人もコレクターのひとりかも知れない。

夫婦には15歳の実子のほかに、10歳と8歳の養子がいる。ブラジルから迎えた子供たちだ。
「真ん中の子を養子にしたあと、ふたりでブラジルに出向いて、これまでの実績と熱意をみてもらい、下の子を迎えることができたの」
 とうれしそうな奥さん。数日後、グルノーブルからリヨン空港に向かうバスターミナルで白人夫婦と黒人の子供の家族を見かけたが、養子を特別視しない社会というのは、なんかいいような気がした。

この気さくなふたりの車には、ちょっとしたドラマがあった。
「ほら、これ見て」
 ダッシュボードから夫が取り出した写真を見ると、譲り受けたときの車が写っている。
「これがこの車!?」
「そう」
ジーン・ミッシェルさんは10年前、ガレージで朽ち果てつつあった車を友人から安く譲り受けた。ホコリかぶっていたのはもちろん、錆びだらけなのが写真からもよくわかる。

「でも、エンジンだけはしっかりしていたとか?」
「いや、エンジンもボロボロでね」
それを、ひまを見つけては自分で直したり、できない部分は業者に頼んだり。こうして2年かけてレストアし、名車が、おそらく往年の姿以上に美しく甦った。90パーセント以上作り直したといってもいいくらい手が入っているから、ほんとうに好きじゃないとできないなぁ、と感心する。

さて、今日のツーリングはグラースからディーニュ・レ・バンまでの118km。グラースのホテルを出た車は、急勾配のくねくね道をぐんぐん上っていく。あっという間に街が遠く、小さくなった。代わりに緑の山景色が美しい。

けっこうなスピードが出ているうえに山の方へ来ているため、オープンカーでは寒い。しかし助手席のマダムはタンクトップに短パン。アッパーな人々の証ともいえるシミやそばかすが焼けた肌に誇らしげで、ちっとも寒そうではない。

この日、最初に訪れたのは、牧羊を営む山間の小さな街、カステラーヌ。ナポレオンは3月3日にここで昼食をしている。私たちもお昼を食べることになっていた。

街の入り口の石灰岩の地層がむき出しになった山の頂上には、教会がぽつんとあった。ぜひあそこまで行ってみたい。上になにがあるか見たいし、見下ろしたら、どんなにいい眺めだろう。


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