コーディネーターに調べてもらったら、頂上までは往復1時間ということだった。その程度であそこまで行けるのか。でもお昼ご飯に間に合わないとひんしゅくかもしれないし……。
そう思っていたら、上まで登りたいという人がなん人が現れ、一緒に行くことになった。そりゃそうだろう。あんな目立つ山となぞめいた教会を見て、好奇心をかき立てられないライターの方が少ないと思う。
町はずれの雰囲気ある家の横から山道を登る。はじめは急で息が上がるが、そのうちゆるくなる。螺旋状に上がっていくらしい。しばらく行くと、赤茶色の町並は遠くにあった。少し歩くと緑の斜面に崩れかかった石の城壁がぽつぽつ見える。羊もいるようだ。
「曲がるたびに違う景色が見えて最高ね!」
とパリ在住のアメリカ人記者、ハイディ。
「来なかった人はもったいないね」
と私。まだ頂上には着いていないが、すでに来てよかったと思っている。
遠くに見える開けた斜面には、ケーブルカーがかかっていた。冬はスキー場になるのだろう。その斜面を左手に見ながら曲がると、着いた。想像していた以上にすばらしい眺めだ。山も川も街も空も全部見える!
教会に入ってみる。すぐ右手に鉄の鎖がぶら下がっている。
「これで鐘が鳴るんじゃない?」
といいながら、オランダ人カメラマンのレイモンドがもう鎖を引いている。カーンときれいな音色が響いた。
「すごいね! 電話してやつらに教えてやろう」
悪のりしたレイモンドは、山に登ってこなかった同僚に電話しはじめた。
「いま着いたとこ……うん……あのさ、いまから鐘鳴らすから」
“カーンカーンカーンカーン……”
「どう、聞こえた? ほんと? 最高じゃない?」
私とハイディは「火事だと思って街中大騒ぎになるかもね。他人のフリしよう」といいあって、山を下りはじめた。
ハイキングから戻り、昼食を取ったあと、しばらく街の散策。こじんまりしたタウンにはなん軒もアウトドアショップやツアーを提供するお店があり、不思議な気がする。どんなアクティビティがあるのかと思ったら、カヌー、ボートなしで激流下りを楽しむキャニオニングや、ラフティング。けっこう本格的ではないか。
「近くのダムからの放水を利用するので、毎日はやってません。次回は3日後かな」
ショップの人が説明してくれる。そんなに大きな川じゃないと感じたが、ダムの放水というのはすごい威力なのだろう。
街には昔ながらのパン屋さんがあったり、古いアパートの窓辺に鳥かごやサボテンが置いてあったりして風情がある。しかし時間が止まったような古くささはない。花があちこちでハンギングバスケットに揺られる中、こぎれいなプチホテルが軒もあり、街外れのキャンプ場も賑わっていた。ツウに人気のある隠れ観光地といったところか。
午後は1930年のフォード ロードスターAでドライブ。オーナーのジョルジュさんは70代のおじいちゃん。私のことを「僕の小さな妹さん」と呼んで大事にしてくれる。今回のフォードは彼の数あるコレクションの中で、最もお気に入りだそうだ。参加車の中でも2番目に古いもので、注目の1台でもある。
スネで13世紀の南仏ロマネスク様式の教会を見学したあと、ディーニュ・レ・バンへ。アルプスの山麓にある街で、ラベンダー畑が広がりオリーブ栽培がさかんな土地である。まずはホテルに向かったが、フランス政府観光局からもらったスケジュール表には
「ディーニュ・レ・バンの温泉でレセプション」
と書いてある。水着着用のプールみたいなものだろうけど温泉に入れるのだ。楽しみだなぁ。
水着やタオルなどを用意してホテルのフロントに行くと、ドイツ人のエレンも入浴の準備をしてきていた。「どんな温泉か楽しみね」と話すが、他の人は「なにそれ?」という顔。温泉文化のない国の人たちは興味がないのだ。
レセプションへは別のフォードロードスターで行った。オーナーはイタリア出身の小太りの男性(名前は聞き忘れた)。クラクションを鳴らして遊ぶのが好きで、その音が「ブヒブヒ」と間が抜けていてかわいい。別の車もそれに呼応して「プハ」とか鳴らしている。ちょっとした音楽のようだ。
クラクションの音が人の気に障らないのはいいなぁ、と思ったが、もっと和めるのは、古いフォードのスピードメーター。油圧計なのか油の中で鉄に刻まれたメモリがぷかぷか浮いている。緊張とは無縁のメーターだ。
「クラシックカーにはなにひとつデジタルなものはないよね。この車は1年前に譲ってもらったの。大きいのがほしかったから。ビンテージカーはもう1台持っているけど、小型車なの。小回りがきいていいけどね」
この人はほかに、メルセデスのワゴン車とハーレーを持っており、バイクのラリーにも出ているという。
「僕ってエンジン大好きなんだ」
とうれしそうである。
さて、楽しみにしていた温泉は、結局なかった。レセプションは普通のホールでビデオを見せられドリンクサービスを受けただけだったし、そのあとは狂乱の大宴会。なにかの拍子に国歌歌合戦になり私も指名されたが「君が代」はいろいろな意味でやめておいた方がいいだろうと「上を向いて歩こう」を歌ったらウケた。あの曲は「スキヤキ」という名で世界的に有名なのだ。
ホテルに帰って部屋の使用案内をなに気なく見ていたらわかった。バスタブがジャグジーになっているのだ。それをもって「温泉」ということになったらしい。ま、ディーニュ・レ・バン自体はスパで有名なのだが。