9月3日(金) 「食への情熱・その1」 快晴

今日の行程はディーニュ・レ・バンからガップまで、108km。3日目ともなると、参加者たちはみんなすっかりうちとけている。今日の初乗りは、今回ただひとりの女性オーナー、マリー・ルイスさんの赤いムスタングだ。

 マリーさんは夫のルイスさんと一緒に参加している。夫婦で車に乗るオーナーはなん組もいたが、奥さんもドライバーとして来ているのはマリーさんだけだ。体格のいい気のいいおばさんという感じだが、オープンカーを颯爽と運転している姿はかっこいい。使える言語が私と一致せず、込み入った話ができないのが残念である。

まず最初に寄ったのは、18世紀のお城、マリジェ城。現在は役場か出張所のようなものとして使われているらしい。
「ナポレオンは立ち寄った。あなたもどうぞ」
というのがこの村のスローガンだという。シンボルにするだけあってお城は手入れが行き届いており、外見はちょっとしたホテルのよう。マリジェ城だけでなく、街のあちこちに花の寄せ植えが飾られているのもきれいだ。

歓迎のレセプションで軽く飲み物をいただいたあとは、赤いプジョーに乗る。運転するターナーさんは日本に住んでいたことのある人だ。30年ほど前、昭和電工との共同プロジェクトで、エンジニアとして四国の伊予長浜に1年いた。
「妻が日本には住めないというのでひとりでリョカンに下宿してました。夕食の焼き魚がいつも冷えててね。3カ月たったころ『温かい魚がいい』とお願いしたら、焼きたてを出してくれるようになったけど」

 当時は外国人もほとんどおらず、言葉や食べ物に苦労したという。ターナーさんが英語を話すのは、食べたいものを伝えるために日本でおぼえたからだ。伊予長浜ではフランス語は通用せず、彼が話せる日本語もわずか。コミュニケーションをはかるため、英語を覚えることが生きる手段だったらしい。

「ミカン、サシミ……。日本は懐かしいなぁ。そのうちオヘンロに行きたいと思ってるんだ。歩くのは大変だから、車でだけど」
 邪道かもしれないが、お遍路を知っているフランス人なんて、ツウではないか。
 
ターナーさんもビンテージカーをなん台も所有しているようで、本来はBerliet(バリエ?)のカブリオレで走る予定だった。しかし、スイスとの国境近くにある自宅からグルノーブルに向かう途中、調子が悪いことに気づいた。別の車を取りに帰るとラリーの集合に間に合わない。そこでグルノーブルの義理の弟に今回の車を借りたという。クラシクカーはだれでも持っているわけではないが、あるところにはあるものだ。

乗るはずだったバリエは1932年生まれ。参加車の中では3番目に古く、見せてもらった写真からは古きよき時代の香りが漂う。ところが実際に運転しているプジョーは比較的新しい車である。オープンカーでかっこいいのだけれど、ビンテージカーのラリーではやや貫禄不足だ。彼はそのことに触れないけれど、きっと残念に違いない。

ターナーさんによると、ビンテージカーのコレクターには2種類いるという。ひとつはお金をかけて専門家にメンテナンスを頼む人。もうひとつは、メカニックなことが好きで自分で車をいじる人。彼は後者らしい。
「ちょっと前まで、まだ生きていたんだよ。今回僕らが乗っているような車を作っていた職人たちが。彼らに車のことを教えてもらうのはとても楽しかったけど、多くが亡くなってしまった。いまのメカニックは車のことを知らなくてね……」
どんなものでも消えゆく技術や知識を残念に思う。記録として残したり、継承されていけばいいのだが。

今回車を提供してくれているクラブの登録メンバーは約60人。クラブで主催するツーリング以外に、それぞれがラリーに参加しているという。ターナーさんが力を入れているのは、毎年お正月に行われる「ウインター・ヒストリー・ラリー」。雪のアルプスを走るレースだ。クラシックカーにとって冬山は厳しいが、景色はたいへん美しいという

「ナビゲーターが横に座って走り、タイムを競うんだ。今回みたいにこんなにリラックスするラリーじゃないよ。でも山がきれいだから、車を整備して毎年出てしまう」
 賞金や商品はないに等しい。むしろ参加費用がかかる。愛好家たちの趣味の世界である。

 楽しくおしゃべりをしているうちに、川沿いに出た。広い道路の右前方には、
石灰質の岩がむき出しになった岩山。浸食された跡なのか、ひだのような縦じわが大きく刻まれている。車を降りて写真を撮る。ほかの車も、岩山をバックに車の撮影会などをしている。澄んだ青い空に雄大な白い岩山を背景にしたら、なにを撮ってもいい絵になる。

 ゆったりと流れる川の向こうには、赤茶色の屋根の町並みが見えた。その先には13世紀にできた要塞が空高くそびえている。橋を渡り、街に入ると、標高485メートル、人口約7000人の町、システロンだった。

リゾート地システロンもまた美しい町だった。きれいな花を寄せ植えしたハンギングバスケットがあちこちに飾られている。緑の濃い街路樹もたくさん目につく。青い空、白い岩山、石の建物、樹木や花がすばらしく、おとぎ話の国のような雰囲気だ。

私たち一行は町の中心にずらっとクラシックカーを止め、機関車トーマスを小さくしたような、3両編成ぐらいのカートに乗り換えた。動物園の中などを走っているようなかわいいやつだ。

カートはカフェや教会の前を通り、ブティックが並ぶ坂道を上る。生徒が手を振り見送ってくれる学校のそばを抜けると、アスレチックフィールド。その先の町はずれには、城砦があった。ここがまたすばらしいのである。


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