9月3日(金) 「食への情熱・その2」 快晴

システロンの町を守る城砦は13世紀のはじめにできた。堅牢を誇るこの砦はしかし、1815年3月5日、ナポレオンの通過を防げず、皇帝と120名の兵士は町を占拠する。高くそびえる要塞は、いまではシステロンの最も重要な観光名所のひとつとなっていた。

要塞の入り口を入ると、勾配の急な上り坂が待っていた。中世のコスチューム姿の人を描いた等身大の人型看板があちこちに立ち、出迎えてくれる。おもしろい。まじめな要塞にこういうポップなものを配置するセンスが好きだ。

城砦は広く、坂と階段だらけである。私たちの中で高齢のドライバーは見学をあきらめ、庭の木陰のベンチで休んでいる。大型犬2匹を連れて、芝生で寝ている地元の人もいる。私も昼寝の誘惑に駆られたが、次はいつ来られるかわからない。まずは要塞を見ることにする。

そびえ立つ城砦からの見晴らしは見事だった。川の向こうの山はどーんと見え、冬の雪景色はどんなに豪快だろうと思われた。万里の長城のような城壁からは、茶色い瓦の屋根と樹木で構成される美しい町並みが堪能できる。緩やかに蛇行するデュランス川も豊かに水をたたえていた。

城砦を隅から隅まで歩き回り、歴史や景色を味わっているうちに、一緒にまわっていた顔ぶれがずいぶん減っていることに気づいた。このままでは置いていかれる! あわてて入り口に戻ると、機関車トーマスは出発寸前だった。「出発は○時なので、それまでに戻ってきてください」などといわないのがフランス流。それなのに、なぜか“積み残し”が出ないのが不思議だ。

お昼はまたまた豪華だった。ラリーが始まってから、私たちは食べ続けだ。どこかに寄るたびに、歓迎のために飲み物とスナックが用意されている。さすがに昼間だとソフトドリンクにクラッカーやナッツだが、夕方近いとシャンパンにワインが基本。今日も朝ご飯はホテルで済ませたにもかかわらず、昼食までにすでに2回もお茶をしている。しかも仲間はみんなちゃんと、食べて飲む。

びっくりするのは、昼食のためにレストランに入ると、だれも躊躇することなくワインを飲むことだ。今日はまずロゼのスパークリングワインが出て、そのあと赤と白。気に入ったものをそのあとデザートの前まで飲み続ける。車だからひかえておこうという雰囲気は、まったくない。

「フランスでは、少しだったらお酒を飲んで運転してもいいんだ」
 とターナーさんはいっていたが、聞き間違いではないか? まあ、これだけ大っぴらにやっているのだから、少量の飲酒運転は認められているのか。

今日のメイン料理はラムの煮込み。ポテトグラタンが添えられている。どちらも大好物だ。それより気に入ったのは、前菜のフォアグラ。パンもおいしい。バターも大好き。デザートのチョコレートケーキもとってもおいしい。胃袋が倍の大きさあったらもっと食べられるのに。自分の分を残さないようにするので精一杯だ。

ベジタリアンの人たちは、前菜からフォアグラを抜いてレタスだけ食べている。ラムもほうれん草のソテーに変えてもらっている。小鳥みたいな食事である。おいしいものがあまりない国ならまだしも、フランスでベジタリアンというのは、人生の半分ぐらい損していないだろうか?

こんな食べ過ぎの私たちが次に向かったのは、こともあろうに果樹園。デザートの2皿目はフルーツということか。もう食べられないぞ。

デユランス川沿いの果樹園には20エーカーのリンゴ畑があった。40年前から2代にわたって栽培し続けているという。収穫の6割がスペインへ輸出されるというリンゴは、予想に反して甘くておいしい。なんとなく、かたくて酸っぱいのではないかと思っていたが、かなりイケる。おなかいっぱいのはずだが、みんなにつられて食べる。そしてリンゴジュースも各種味見。

「フランス人は食べてばかりなの。だって、どこにいってもその土地のおいしいものがあるからしょうがないわよね」
と、あるドライバーの奥さんが私にいったが、まさにそんな感じ。フランス人の食に対する情熱を見せつけられた気がする。とはいえ、年中こんな食事をしているわけではないとターナーさんに聞いて、少し安心した。

果樹園をあとにして、車を走らせる。このあたりは美しいラベンダーで有名なのだが、今は季節外れ。刈り取られた畑にラベンダーが満開になっているところを想像する。シーズンにはきっと、たまらなくいい香りもするのだろう。

「ほら!」
ターナーさんが指さす方を眺めると、セスナがが飛んでいる。
「あっちも」
別の方角にも、もう1機いる。
「このあたりはね、自家用飛行機の飛行場がいくつもあるんだ。気候と気流の関係だと思うけど、よく晴れる日が多くて飛びやすいみたい」
 いいなぁ。ちょっとあこがれなくもない。

 しばらく走ると白い牛がたくさんいる牧場があった。フランスの最高級牛だという。果樹園にラベンダー畑、飛行場に牧場。このへんは自然が豊かな農村地帯らしい。

森の中を走り続け、次に到着したのは高山植物保護地区の国立公園にあるシャランス城。このあたりは5月から9月末までが夏で、人々はピクニックやハイキングにやってくる。そして11月から4月まで、山のリゾートにとっては稼ぎどきのスキーシーズンだという。

「人口は少ないし、産業もほとんどない。住民は自然資源を生かした観光で生計を立てています。夏はカヤックやグラススキー、ハングライダーなども楽しめますよ」
町の広報担当者は熱心にPRする。雄大な自然に抱かれスキーやハングライダーなんて、さぞかしいいだろう。旅の途中、スイスでスキーをしたことがあったが、ゲレンデは長くて広いし、人は少ないし、雪質はいいしで、へたくそでも自由に滑れて気持ちよかったことを思い出す。

行く先々で接待されてばかりの私たちだが、シャランス城にはアルプホルンの楽団が待っていた。アルプホルンはアルプス地方を象徴する木製の巨大なラッパである。まっすぐ伸びた木管の先端が大きく曲がり、直径20cmほどに広がった先から音が出る。長さによって音の高さや音色が変わるが、1つの楽器で出せるのは10個の音だけなので、演奏は合奏が基本だという。おまけに、音程を決めるバルブや指穴がないため、音を出すのは演奏者の唇と音感が頼りらしい。

きれいに刈りそろえられた芝生に寝ころび、シャンパンをいただきながら、アルプホルンの落ち着いた調べを聞く。先ほど、お城をバックに演奏してくれていた楽隊は、私たちが歓迎のスピーチを聞く間、庭に移動していた。今度は噴水を囲むように円形に並び、アルプスの雄大な景色がバックだ。こころにくい演出である。手入れの行き届いたお庭にはバラが美しく咲き、レンガの壁にはなん種類ものぶどうがつるをはわせている。そのうちバチがあたるのではないかと思うほど、限りなく贅沢な1日なのである。

しかしこの日はまだ、翌日、さらに手の込んだイベントが用意されていようとは、夢にも思わなかった……。


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