9月4日(土) 「3つ星シェフ登場! その1」 快晴

ラリー最終日の今日は、ガップからスタート。ゴールのグルノーブルまで103kmのツーリングだ。

 よりどりみどりのクラシックカーに乗れるのも今日が最後。そう思うと車選びも慎重になる。黒のポルシェ・カブリオレにも思いが残ったが、ツアーで最も目立っていた車の1つであるキャデラックに乗せてもらうことにした。

キャデラックはほかに2台参加していたが、ベルギーから来ているルネさんの車が最も古く、最もお金をかけて整備され、最もゴージャスだった。1928年のキャデラック カブリオレ フィッシャーだ。

「乗せてもらっていいですか?」
そう聞くと、ランブルシートに座っていた奥さんが、
「どうぞどうぞ。私はあっちの車にするつもりだったから」
といって、席を譲ってくれた。ランブルシートというのは車の後部にあり、倒すと荷物室にもなる場所だ。こうしてルネさんの運転で、イギリス人記者のピーターさんと私を乗せたキャデラックは、最初の目的地、コールに向けて出発した。

車は田舎道を快調に走る。両側には牧場が開け、その向こうにはアルプスの山々が連なっている。前のふたりは英語でなにやら話しているようだが、スピードを出しているオープンカーの後部座席には、声が届かない。ビュンビュンと風に吹かれながらも、気持ちのいい天気の下で景色を楽しんでいた。

ところが、快適だったのは最初の15分だけ。山道を上がって行くにつれ、だんだん寒くなってきた。気温が下がっていくのと、吹きさらしの車にじっと座っているためだ。防寒着に、と持ち歩いているジャケットを羽織るがまだ寒い。鼻水が出てくる。しかたがないので箱のような構造のランブルシートに身を沈め、セマルハコガメのように頭だけ出し、風を避ける。本当は頭もシートの中に入れたいのだが、景色が見えなくなるのが難点だ。

その様子をバックミラーで見たルネさん、
「寒いの? 大丈夫?」
 と、ダミ声の早口英語で気遣ってくれる。ルネさんは半袖のポロシャツ1枚。恰幅がいいから寒くないのか、白人だから寒くないのか、平気な顔だ。

 山間部の町、コールのホテルペリシエ前に到着。車を降りると荷物をあけて、ありったけの服を着込み防寒対策をする。あとから続々仲間の車がやって来るが、降りてくる女性はほとんどが背中を丸め、腕を抱き、寒そうにしている。そして私と同じように、トランクから服やショールを出して羽織る。それでも中にはタンクトップのまま通す人もいて、感心してしまう。白人は寒さに強い、という経験則が実証される思いだ。

コールでも飲み物と軽食が用意されていた。体を温めるためホットティーをいただく。ほかの人も紅茶やコーヒーを飲み、スナックをつまんで寒さでかじかんだ体をほぐしている。

コールには出迎えがあった。地元のビンテージカークラブのオーナーたちだ。その中の1台が広場に入ってきたとき、みんなの目が釘付けになった。真っ赤なオープンカーの中に、頭からつま先まで覆う白いレーシングスーツのカップルが乗っていたからではない。その車が、今日はじめて乗る新車のように、ピカピカだったからだ。

車種はわからないが、アニメ『ルパン三世』でルパンが乗っていたオープンカーに似ている。往年の名車であろう。ハンドルの中心に「MG」とあるのでMG車であることは間違いない。

車が止まり、オーナーが誇らしげに降りると、私たちは車の内部を見ようと取り囲んだ。誰からともなくため息が出る。シートもメーターもハンドルもすべて、ピカピカ。手入れが行き届いている、というレベルではないのだ。どう見ても、純正の新品である。

続いてオーナーはボンネットを開け、エンジン部分を披露した。またしても新品。なめてもいいぐらい、ピッカピカだ。
「すばらしいね。ミュージアムピースだよ、これは」
 ピーターさんが教えてくれる。こんなに程度のいいビンテージカーは滅多にないだろう。

休憩を終えた一行は、ラフレーを目指し出発した。再び寒い山道である。さっきより着込んで温かくなったものの、やはりランブルシートに潜り込む。それを見て、ルネさんが笑いながら話しかけてきた。
「山のこっちがわは寒いけど、向こうにまわったら日が照っているさ。そうしたら暑いぐらいだよ」
 
 小さな集落をいくつか越え、しばらくすると、日が当たるようになった。氷が溶けるように体が緩んでいくのがわかる。農村に入ったらしく、細々とした作物が植えられている畑と、家がぽつぽつ見える。畑の真ん中でこちらを見ている人に手を振ると、振り返してくれた。

 ほのぼのした時間を楽しんでいたとき、ルネさんが車を右に寄せ、止まった。降りてエンジンなどを調べている。
「どうしたの?」
 助手席のピーターさんに聞く。
「トラブルらしいね」
 間もなく73歳になるというピーターさんが、落ち着き払っていった。


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