車の故障は思ったより重症のようだ。後続の黒いポルシェのドライバー、ムフタファさんも立ち止まり、直してくれようとしたが、エンジンはやはりかからない。
ムスタファさんの車には、30代のアメリカ人記者のジョージさんがいた。ちょっとした休憩気分で車を離れたジョージは、近くのうっそうと生えている木からからなにやら採ってきて私に渡す。
「ほら、ブラックベリーじゃない?」
完熟したブラックブルーベリーは甘く、食欲をそそられた。さらに自分で採りに行き、もっと食べる。なぜここにブラックベリーが放置されているのだろう。これから採るつもりなのか? それとも、採りやすい高さの実がいっぱいあるので野生のような木の実は無視しているのか? いずれにしろ、このあたりは豊かな村に違いなかった。
ジョージと私が車に戻ると、ピーターがいった。
「この故障は車が悪いんじゃなくて、ドライバーが悪いんじゃない?」
一瞬、静まりかえったあと、ジョージが聞く。
「どうやってそれを証明するの?」
「いやぁ、イングリッシュジョークだよ、あはは」
よくわからないが、なんとなく場が和む。
ピーターは懲りずにまたなにかいい出した。
「昔、妻が妊娠したとき、ガソリンの臭いが好きなってね。それで、『飲みたい』とまでいったんだ」
――ほんとに!?
あっさり信じてしまう私。
「あのときだったら飲んでもよかったけど、いまじゃダメだね」
――??
「だってガソリン代が値上がりしているから」
そういって、さっきより大きな声で笑う。ジョージと私も笑いに引き込まれる。
超越したノリを見せるピーターに対し、ジョージは現実的だ。
「アメリカ車がラリーの途中で故障するのは、読者的にはいいよね。アメ車キャデラックがトラブルを起こし、欧州車ポルシェが助けに来る。世界中で起きていることだよ。ま、アブなすぎて記事にはできないけど」
結局、私はあとから来たターナーさんの車に拾ってもらい、ジョージも別の車に乗り換え先を急いだ。ラリーには、現在普通に売られている車も1台いて、故障車を引っ張るためのトレーラーを引いて参加していた。ルネさんは携帯電話でトレーラーを呼び、愛車を修理工場に運んだという。
次の目的地はラフレーの南にある「出会いの平原」である。1815年、ナポレオンの護衛隊はここである大隊に遭遇し、行く手をはばまれる。大隊の中尉が「撃て」と命じると、ナポレオンは泰然とフロックコートの前を開き、死を覚悟した。しかし重ねての命令にも撃つ者はおらず、沈黙の数秒が過ぎると、兵士たちは感極まって、
「皇帝万歳!」
と叫び、ナポレオンに駆け寄ったという。そんなエピソードの舞台だ。
一行からだいぶ遅れていた私たちは、少しだけ急いでいた。出会いの平原では美しい湖畔を軽く散歩し、馬に乗ったナポレオン像の写真を撮っただけで、このラリーのハイライトのひとつ、ヴィシル城に向かったのだった。(続く)