9月4日(土) 「3つ星シェフ登場! その3」 快晴



フランス政府観光局からもらった日本語の予定表によると、今日のスケジュールは「お昼ごろヴィジルで城の見学とランチ」となっていた。あっさりした表記だったので特別注意を払うこともなく、これまでの数日間同様、昼からご馳走をいただくのだろう、としか思っていなかった。

仲間の記者たちにはもう少し情報があったようで、
「今日のお昼はお城でピクニックだってね」
と教えてくれたが、私には、晴れてよかったなぁ、ぐらいの話だ。英語で「ピクニック」というと、外でご飯を食べる、というイメージだからだ。おそらく、お城の庭に敷物でも敷いて、サンドウィッチや果物を楽しむカジュアルランチなのだろう。

ところが実は、大変なサプライズが用意されていたのだ。

警備の係に誘導され、ターナーさんのプジョーが城の裏庭に入る。そこにはすでに仲間のビンテージカーが、小さな離れの前に、ずらっと馬蹄形に並んで止められていた。見事な眺めである。クラシックカーは13世紀の古城にとてもよく似合う。

車から降り、写真を撮っている記者たちの仲間に入ると、遠くから音楽が聞こえてきた。ブラスバンドの音色は次第に近づき、私たちが入ってきた同じゲートから、制服を着たナポレオンハットの楽隊が現れた。ナポレオンの軍楽隊を再現するため、ベルギーから呼んだ楽団だという。

それだけでも、粋な演出だなぁと感心していたのに、驚くのはまだ早かった。指揮者と21人の楽団員たちがビンテージカーの前に並ぶと、シェフのかっこうをしてナポレオンハットをかぶった、厳しい顔のおじいが指揮者に歩み寄り、がっちりと握手。マーチが一層華やぐ。が、なんとなく、場もわさわさしている。
「ほら、ポール・ボキューズだよ」

ターナーさんが耳元で教えてくれたが、ピンとこない。
――だれ、その人?
 無邪気に聞き返すと、
「世界でいちばん有名なフランス料理のシェフさ」
 という。

 ポール・ボキューズ氏は3つ星レストランのオーナーシェフである。フランス料理界の大御所で、リヨン近郊に5店舗を構えている。午前10時パリ発リオン行きのTGVは「ポール・ボキューズ列車」と呼ばれるほど、彼の店を訪れる人の利用率が高いらしい。もう高齢のため、料理を担当したパーティなどで顔見せすることはほとんどないらしいが、恐らく、ビンテージカーオーナーズクラブに彼へのツテがある人がいて、今日の登場になったのだろう。

ヴィジル城での演出を見て、
“この人たちは本気だ”
とっさにそう感じた。この人たちというのは、ラリーの企画者だ。ラリー初日のナポレオンとジョゼフィーヌの登場に始まり、最終日にはお城で軍楽隊とポール・ボキューズ氏である。フランス、ローヌ・アルプ地方のよさをとことん味わってもらうためには徹底的にやる、という姿勢が貫かれている。努力の跡がちっとも見えないだけに、感動的だった。

盛大な拍手で迎えられた“皇帝の料理番”ポール・ボキューズ氏は、城の庭に設営された白いテントに入っていった。これでも“ピクニック”というのだろうか? 華麗なるビュッフェパーティの始まりである。

駆けだして行きたい衝動を抑え、はしたなく見えないようゆっくりした足取りでテントに近づく。手前には薄切りにしたパン、そして10種類以上のチーズ、デザートの焼き菓子、ババロア、ムース、ブリオッシュと続き、やっとポテトとチーズのクリームグラタンが現れる。お隣はメインディッシュのラムの煮込みだ。

おもしろい順番だな、とは感じていたが、自分が逆方向からテントの中を進んでいるとは思いもよらなかった。豪華絢爛なご馳走を前に、それほど舞い上がっていたのだ。

ほとんど立ち食い状態でグラタンとラムの第一皿目を完食したあと、自分のミスに気づき(多くの人が私同様逆流していたが)、今度はさっきと反対の出入り口からテントにアプローチ。すると、ワインのほかにシャンパンを発見! やっぱりこちらが順路なのである。

前菜として、下にイチジクを敷き、トッピングにピスタチオを載せたフォアグラのムース、茶色と白のコロッとした腸詰め、キャベツとベーコンのサラダがある。続いて蒸した鮭、ゆでたジャガイモを器にしたサラダ、ハムの冷製、蒸し鶏、などなど。ところどころにピクルスなどもさりげなく置かれている。

御大はどこに? と思ったら、やはりパテの前にいた。ターナーさんは私に、
「ポール・ボキューズ氏は特にパテに定評があるから、食べてごらん」
と教えてくれていたのだ。“パテのボキューズ”を証明するようなポジションではないか。

早速私もにっこり微笑み、パテを取り分けてもらう。パテは巨大なパイの中に入っていて、5mmほどの厚さに切り分けると、真ん中にトリュフが出てきた。手元にはコンソメジュレの銀の器がさりげなく座っている。

順序は逆になってしまったが、今度は前菜でひと皿作り、お城の階段に向かう。みんなそこに腰掛け、屋台で買ったものをその場で味わうかのように食べている。このアンバランスがおもしろい。ここまで豪華にするなら仮設テントにテーブルと椅子を用意してもいいぐらいだが、そうはいかないのだろう。もしテーブルを置けばビュッフェというわけにもいかず、コース料理になるのではないか。そうするとなんだかつまらない。

第二皿目を平らげると、今度は別腹のデザートだ。クルミのキャラメルがけタルトに、ラズベリーとカスタードソースがかかった雪玉のようなふんわりメレンゲ、フィナンシェ、チーズ2種、ソルベ、ドライアプリコット、チョコレートムースを皿に載せて戻る。ここまできて、やっと落ち着いて食べられる心境だ。

ミーハーな私は、世界で最も有名なシェフの料理が堪能できて、大満足だった。カメラをぶら下げたまま料理を皿に取っていたら、そばにいた人に、
「一緒に撮ってあげようか?」
 といわれ、調子に乗ってボキューズ氏とのツーショットまで手に入れたのである。(続く)


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