9月5日(日) 「パリでびっくり」 晴れ

ラリーに参加したクラシックカーで、グルノーブル駅まで送ってもらう。ここからはひとり。バスでリヨン空港まで行き、パリへは飛行機だ。

切符を買おうと窓口に行く。リヨン空港まで、というと、駅員は変な質問をしてきた。
「おいくつですか?」
チケットの枚数ではない。年齢をたずねられているのだ。困ったなぁ。本当のことをいっていいものか。

欧米人はアジア人の年齢がわからないと聞く。アジア人はみんな若く見えるらしいのだ。昨晩も、半分お世辞とはいえ、
「25歳ぐらいじゃないか?」
といわれて気をよくしたところだ。20代前半ならユース割引があることを教えてあげよう、といったたぐいの親切心から、私に年齢を聞いたのだろう。だけど……。

迷ったが、正直に伝えることにした。
「37歳です」
駅員は驚きを顔に出すこともなく、静かに
「20ユーロ」
といった。大人のノーマル料金だった。

パリは思ったよりも暑かった。なんとなく、軽井沢の夏、みたいな気候を想像していたが、湿度は低いながら普通に暑く、汗が出る。しかし電車もタクシーもクーラーが入っていないのがいい。

十数年ぶりに訪れたパリでは、カルチャーショックの連続だった。まずはオルリー空港にて。荷物を引き取り、電車に乗る前に、とトイレに入ったときだ。

用を足し、さあ流そうとしたが、レバーがない。センサーが人の動きを感知して作動する自動式でもない。あたりをきょろきょろすると、床にボタンがあった。これは昔、談合坂のトイレの洗面所にあったシステムと一緒だ。このボタンを踏むと、流れるんだよな……と頭の中でイメージしながら踏むが、流れない。
「そんなはずはない」
壊れているのかなぁと思いながらボタンを一生懸命踏むが、水が動く気配すらない。ナイショの話だが、実はこのとき大をしていた。しらばっくれて出ていくのは気が引ける。困ったなぁ、どうしよう。ドアの外では話し声が聞こえてきた。ますます出にくい。ああぁぁぁ……。

とその瞬間、ふと足をボタンから外すと、水が滝のように流れていった。このボタンは踏むと水が流れるのではなく、踏んで離したときに流れるようになっていたのだ。さすがフランス。ひと味違う。

絶体絶命の危機を乗り越え、電車で市内に出ようと駅に向かう。切符を買うために自動券売機の前に立つが、東京メトロのような料金表の看板はなく、値段がわからない。しかたがないので窓口に並び直し、「市内」といったとたん、「マシーンで買え」と邪険にあしらわれた。

リヨン空港で計ったとき、私の荷物は26kgあった。その26kgの物体を引きずりながら、もう一度自販機に戻り、チャレンジだ。係の人に値段だけは聞いたので、なんとかなるだろう。私は都会人だ! 自信を持とう!!

そういい聞かせて機械をにらむが、さっぱりわからない。そもそも英語表示ができるはずだが、どうすればいいのだろうか。手元についている電卓のようなものも意味不明だ。どうしたチナミ、ロンドンの地下鉄でも、台湾のMRTでも自動券売機で切符を買えたじゃないか。パリだけ難しいということはないんじゃないか? 

しばらく機械の前で呆然としていると、隣の券売機にいたカップルの男性が見かねて声をかけてきた。彼はひとことこういった。
「このバーを回せば言語が変わるよ」
とてもショックだった。画面の下にある、ひじ置き台だと思っていたグレーの地味な突起は、言語を選択するための回転バーなのだ。

動くとは思っていなかったこの突起をくるっと回すと、言語の指定ができた。このとき改めて、私は日本の券売機のレベルの高さを知ったのである。日本なら言語の選択は絶対、タッチパネルだろう。

こうしてトイレに入り、切符を買うだけでかなりエネルギーを消耗したのだが、さらにショックなことが重なった。

シャトレ・レ・アル駅で乗り換えをすることになっていた私は、例の26kgの荷物を持って駅構内をうろうろしていた。この重さのために、乗り換えるときに階段を上らなくてはならないならタクシーにしよう、と思っていた。シャトレ・レ・アルからホテルまで、そう遠くないからだ。

しかしエスカレーターはあるようだった。エスカレーターに乗っては歩き、歩いては乗り、いつになったら乗り換えられるのかと半分絶望しながら、それでも駅構内をさまよっていた。

この駅はシャトレ駅とレ・アレ駅にもつながっていて、3駅で合計8つの地下鉄が通っている。非常に複雑な構造だ。ちなみに、東京の渋谷駅は地下3階から地上3階までの6階建てで、5つの路線が乗り入れている。あの渋谷を倍ぐらい複雑で広範囲にした駅と思ってもらえればいいだろう。

案内表示を見ながら、次は下りエスカレーターだな、と探していたところ、斜め下向きの矢印看板が天井からぶらさがっているのが見えた。こっちだ、と確認し、ガラガラと大きな騒音を立てて看板の下まで行く。

するとそこには、下りエスカレーターは存在しなかった。あるのは上りエスカレーターと上から降りてくるエスカレーターのみ。斜め下向きの矢印は、「ここにエスカレーターがあるよ」という意味でしかなかった……。

それでも気を取り直し、乗り換えを続けることにする。

なん番線となん番線への乗り換えはこちら、という表示の数がFとJに減り、さらに進むと目指すJ番線だけになった。これを上がれば11番線のホームに着く! と喜んで長いエスカレーターを上がると、なんとそこは、出口だった。

最後の最後でなにかを間違えたらしい。
「どうして……どうして……どうして……」
改札口を前に、放心状態で立ちつくす。戻りたいが、下りは階段しかない。
「負けた……」
小さくつぶやき、改札口を出る。これまでの苦労はなんだったのだ。この駅に着いて小一時間経つのに、まだ同じ駅にいる……。

外は光まぶしい初秋のパリ。しかたがないな。タクシーを拾おうと、道路を目指して15段ほどの階段をえっちらおっちら上がっていると、近くにいた高校生ぐらいの男の子たちが、
「そこの日本人のマダム、手伝いますよ!」
 と駆け寄ってきてくれた。私の26kgの荷物は、あっというまに道路まで引き上げられた。ああ、これぞフランス! 日本なら、見て見ぬふりだろうな。

しかし、パリでのカルチャーショックは、これにとどまらないのだった……。


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