ヒューストン経由でメキシコに行くため、空港に向かう。乗り遅れないようにと気にしすぎたせいか、空港には出発の3時間前に着いた。発着案内のディスプレイにはまだ表示はなかったが、勘を働かせてコンチネンタル航空のカウンターまでいく。
カウンターには搭乗客がほとんど並んでいなかった。まだ早すぎるのだ。しかしチェックインはできるらしい。
カウンターに向かって歩いていると、手前で制服を着たアフリカ系の男性に止められた。
「パスポートをお願いします」
え? チェックインカウンターに行く前に見せるの? すいぶん念入りだな、と思ったが、渡した。アメリカは戦争中なのだ。アメリカの航空会社でアメリカに行く便はセキュリティチェックが厳しいのだろう。
「チケットは?」
チケットは持っていないので、控えを渡す。今回私は、紙のチケットをカウンターで発券するEチケットで乗ることになっていた。インターネットで予約しクレジットカード決済すると、予約番号などの控えが送られる。それを印刷して空港のカウンターに持っていき、チェックインするとき発券してもらうシステムだ。
「フランスに戻って、そのあとは?」
帰りのパリ―成田間チケットの控えも渡す。パリ往復はご招待。そこから先は自腹だ。パリ→メキシコ→成田と航空券を買うより、パリ往復にした方が安上がりなのでそうなった。
「帽子を取ってください」
制服男性は私の顔とパスポートの写真をなん度も見比べている。やばい。パスポートの髪型はベリーショートに近く、髪の色も明るい。しかしいまは、背中の真ん中まで黒髪が伸びている。そうでなくても一般に、欧米人にはアジア人の顔の区別がつきにくく、年齢もよくわからないという。疑われるじゃないか。
彼は不満ながらもいちおう納得したのか、質問を続けた。
「同行者はなん人ですか?」
「この荷物はだれのですか?」
「どこに行くのですか?」
「なにしに行くのですか?」
詰問調で、根ほり葉ほり。すごく時間がかかる。パスポートを見せると、前の客はあっさり通過させていたのに、なぜ私は足止めされるのだろう? そんなに怪しげなのか?
それでもチケットの控えとパスポートを返してきた。やっと解放される! と思ったが、
「ここで私を待っていてください」
男性は少し離れたところにいる上司らしい男性のもとに行った。パスポートの写真や質問に対する答えに納得がいかなかったようだ。なにやら相談している。
なぜだ? 一体、なにがいけないのか? パスポートにケニアとかエジプトのスタンプがあるから? ケニアでは98年8月にアメリカ大使館が爆破されている。エジプトはアラブだ。それとも、フランス語ができないくせに、フランス語で書かれた控えを持っているから? これはフランス語ができる友だちが仏語サイトから取ってくれたからで……と聞かれもしないのに説明するのもヘンだ。
戻ってきた男性は、やはりチケットについて尋問をはじめた。
「これはいくらで買いましたか?」
パリ―成田のチケットのことだ。迷ったが、正直にいう。
「買ってないです」
男性の目が光った気がした。
「じゃあどうやって手に入れたんですか?」
フランス政府観光局のご招待で、取材をするためにやって来た。チケットはギフト。だから値段はわからない。
「さっきは観光だっていいましたよね?」
ウソついてもだめだぞ、という感じがアリアリ。
「フランスには仕事で来ましたが、メキシコは観光です。さっきはメキシコに行く目的を聞かれたので観光といいました」
ややこしくて申し訳ないが、それが事実だ。メキシコからパリ経由で帰る人は珍しいのだろう。なにかあるのではないかと疑いたくなる気持ちも、わからないではない。
彼は再びどこかに行った。まだなにかあるのか? そんなにテロリストに見えるのか? チェックインカウンターは目の前なのに、なかなかたどり着けなかった。しかし止められているのは私だけで、ほかの客はスイスイ進んでいる。
別の男性が来た。
「荷物を開けてください」
今度は荷物検査か。もう好きなだけやってくれ。この男性もさっきの人に劣らず、いやらしいほど丁寧にチェックしている。
荷物が大きすぎるのかもしれない。訪問先の気候を考え、夏・冬両方の衣類が入っているのだ。でも爆弾は入っていないのよ。信じて!
あきれて眺めていると、男性は気がとがめたようで、こういった。
「セキュリティチェックですから」
そんなことわかっとるわい。
最後に、荷物検査済みのリストに私の名前を加え、パスポートの外側に小さな黄色いシールをはった。間違ってこれをはがしでもしたら、大問題になるんだろうな。
こうしてやっと、チェックインカウンターへ。再びパスポートとチケットの控えを出す。成田に着くまで、これからなん度同じことを繰り返すのだろう。フランスの出国、アメリカの入国・出国、メキシコの入国・出国、フランスの入国・出国。気が遠くなりそうだ。
厳しいセキュリティチェックは、以前もワシントンで経験していた。搭乗口のゲートをくぐり、飛行機の入り口に向かうまでの通路で、麻薬捜査官らしき人に呼び止められた。
「だれが荷物を詰めましたか?」
「だれかになにかもらったたりしませんでしたか?
「中になにが入っていますか?」
15年ぐらい前のことだ。あのときはまだ学生だったが、サテンでできたアディダスの派手なトレーニングウエアの上下を着ていた。機内はラクなのがいい、と思ったのだ。しかしその服装がアダになった。ドラッグを持っていてもおかしくない雰囲気だったのだろう。人は見かけで判断される。飛行機に乗るときは特に気をつけよう、と思い、それから実践してきたのに。今日はなんで引っかかったのかなぁ……。
結局、パスポートとチケットは、出国の手荷物検査の列に並ぶときに1回、手荷物検査の番になって1回、搭乗口のゲートを通るときに1回、飛行機の入り口でもう1回と、飛行機の座席につくまでさらに4回もチェックされた。今度からパスポートは首から下げておくのがいいだろう。
3人がけの席の真ん中につき、ふーっと一息つく。離陸を待っていると、アナウンスがあった。
「Mr.○○いらっしゃいましたらご連絡下さい」
私の左隣に座った、若くて背が高いアメリカ人男性がためらいがちに手を挙げる。男性のキャビンアテンダント(CA)が寄ってきた。
「いま呼ばれたの、僕ですが」
なんだろうと不安そうだ。
「OK、連絡します」
男性は、アナウンスをしていた女性を連れてきた。
「ほんとうにごめんなさいね」
信じられないことに、隣のお兄ちゃんはビジネスクラスに乗ろうとしたら、テニスシューズをはいていたために断られたという。
「申し訳ないね。うちの娘もこの間断られたんだ」
男性CAもすまなそうだ。ヘッドフォンで音楽を聴いていた右隣の男性が、断られた男性に声をかける。
「うそみたいだね」
「これで2回目だよ」
「その靴じゃビジネスに乗れないって? いったいなにをはいたらいいんだい」
「革靴とかじゃないの? ここ数カ月でずいぶん厳しくなってさ」
ビジネスクラスチョンボの男性は、ポロのボタンダウンのシャツに、引きずってすり切れたすそのチノパン、耳にワインのコルク栓みたいなピアスをしている。そしてテニスシューズ。髪はきちんと刈り込まれているので、すり切れたすそとピアスが引っかかりそうだが、靴がネックだったとは。
私たちはビジネスクラスのすぐ後ろの席に座っていたのだが、そこから見えるビジネスエリアには、いくつも空席があった。座らせてやったっていいじゃないか。
やはり人は見かけで判断されるのである。海外では特に気をつけたいものですなぁ。