「三好さん!」
昨日の午後、激しい雨の中、イチローさんがお隣にやって来た。朝、パパイヤをもらったとき、
「あとで行くよ」
とはいっていたが、本当にこんな雨の中、バイクで来るなんて。しかも友だち連れだ。
「ヤギ汁持って来たからな、さあ、飲もう!」
大きくて明るい、すでに酔っている声である。これからさらに雨は激しくなるというのに、泊まっていくのだろうか?
高校野球を見ながら酒盛りをしている気配がしたが、しばらくすると、わが家のドアがノックされた。
「ヤマシタさん!」
飲みに来い、という誘いではないだろうか? 緊張してドアを開けると、
「ヤギ汁、これうまいから、食べて」
ベロベロになりながら、おすそ分けしてくれるイチローさん。台風だとすることがないし、ヘタすると停電だからなぁ。昼間から飲んで、暗くなったらさっさと寝るのだろう。ヤギ汁を置いて、イチローさんは上機嫌で帰っていった。
雨足はさらに強くなり、午後4時ごろにはすべての扉を閉めた。うちはガラス戸がなくいきなり雨戸なので、電気をつけ、もうすっかり夜の気分。早めの夕食を済ませ、本を読みながら寝る。
しかしこんな日に限って、トイレが近い。
「大丈夫かなぁ。家は飛ばされないかなぁ」
と心配しながら眠っているせいか、なん度もトイレに起きる。そして土砂降りの中、カサをさし、ドアから5歩のトイレに向かうのだ。
あるとき目覚めると、ドアの方が明るい。
「ひえぇ〜」
驚いて目を凝らす。どうやら強風でドアが開き、トイレ入り口の明かりが射しているのだった。
「どうせまだ開くだろうけど」
と思いつつドアを閉め、寝に戻る。一晩中そんなことをやっていた。
今朝、起きたら雨がやんでいる。風はまだゴーゴーと強いが、台風は去ったようだ。
「被害は少ない方だな」
庭の点検をしていた三好さんがいう。ハイビスカスの枝がちょっと折れたぐらいで、なにか大事なものが壊れた、飛ばされた、ということはないらしい。
「おい、片づけを手伝ってくれんか?」
いまやらなくてもいいんじゃない? と、のど元まで出かかるが、黙って手伝う。まだ落ち葉も増えるし、雨も降るかもしれない。もうちょっと風がおさまり、晴れてからでもいいんじゃない? と思うのだが、去年、台風の片づけでモメたので、ああなるのはこりごりだった。
道路から家屋に至るL字型の小道を、まずは掃く。ぬれて地面に張りついた落ち葉や枝が、辺り一面を覆っている。少し掃いただけでちり取りはいっぱいになり、枯葉を集めるカゴにどんどんたまっていく。トイレの入り口、ボイラーの周り、ヤラブの木の下。それから家の前の公道。だいたい終わったかなぁと思っていると、
「テントもね」
人遣いの荒いおじいだ。
片づけを終えたあと、近所を散歩する。意外なことに、きちんとした家の前はきれいに掃いて片づけられ、道路の片隅に落ち葉が寄せ集められている。片づけにはまだ早い、ということはなく、三好さんが正しかったのだ。台風の翌朝、家の前の道を見れば、家主の清掃観がわかってしまう。
そうこうするうち、午前11時ごろ、石垣島地方は暴風域を脱し、強風域に変わった。そのころ、ひとりの老人が、ひっそりと息を引き取っていた。