7月13日(火) 「台湾豊年祭への旅・都歴」 晴れ

台湾に来てからもお天気に恵まれ、毎日蒸し暑い。気候の近い西表で鍛えられているからいいが、涼しいところの人は、体が慣れるまで大変だろう。

今日は都歴(とれき)の収穫祭だ。アミ族とひとことでいっても、場所により伝統文化に対する取り組みが違う。台湾東部の海岸沿いがアミ族の主な居住地だが、北部と違って南部では、ずいぶん前に収穫祭が行われなくなった。しかし近年、伝統的な文化を見直そうという動きが高まり、10年ほど前に次々と祭が復活。村に伝わる歌も踊りもなくなっていたが、アミ族のほかの部落から習い建て直したところが多いという。都歴はそんな部落のひとつだった。

お母さんの家の前からバスに乗り、30分ほどで着いたのは、幹線道路沿いの村。ある家の前にはイスがたくさん出され、なんだか盛り上がっている。お祭りで集まった親戚が、朝から酒を飲み陽気にやっているようだ。収穫祭の会場をお母さんがたずねると、すぐ近くらしい。でもまだ始まっていないようだ。

「この子は日本人よ」
 お母さんが私を日本語で紹介した。その場にいた人の視線がいっせいに私に向く。
「コンニチハ。私のナメーハ、○○です」
 隣にいたお姉さんが、ぎこちない日本語で挨拶してきた。この人は仕事柄、中国語に台湾語、アミ語、日本語、片言の英語ができるという。
「あなた、日本のどこから来たの?」
 おばあさんがきれいな日本語で話す。この人も日本の占領時代に言葉を身につけたのだろう。

 おばあさんの話によると、収穫祭でリードボーカルをつとめる都歴のお年寄りたちは、2年ぐらい前、マイノリティの祭典に招かれアメリカまで公演にいったという。彼女たちはなかなかに国際派なのだった。

 みんなが飲んでいるのは赤いシロップのようなお酒で、牛乳と混ぜるとおいしいらしい。勧められて少し口にしたが、甘くて強い。みんなの歯は、歯垢チェックをしたときのように、赤く染まっていて不気味だ。

隣のお姉さんは知っている日本語をすべていい終わると、独自の振り付けで『東京音頭』を歌ってくれた。そういえば昨日も『東京音頭』を聞いた。今朝、ご飯のとき、お母さんもいっていた。
「昨日の夜ね、あれから友だちが来てしゃべっていたら電話があったのよ。今度、家の落成式で踊りをやりたいから教えてくれって。それで『東京音頭』を教えてきたの」
こっちでは大メジャーなのだ。

 しばらくおしゃべりしたあと、彼らの家の玄関先で祭の衣装を着せてもらう。お母さんの家には、台湾原住民を研究する日本の学者や学生がよくやって来る。そういった人たちが祭に参加できるよう、男女5人分ずつの衣装を家に用意してある。そのうちのひと組を持ってきてくれたのだ。

 ボレロのような水色の上着に黒い巻きスカート。腰にはカラフルな飾り帯。
水色のふさのついた黒い脚絆をし、ビンロウなどを入れるポシェットを斜めがけにする。巻きスカートやポシェットには細かい刺繍が施されている。全部お手製だ。最後にふわふわの羽がつた冠を頭に載せると、着付けのできあがり。しゃべらなければ、アミ族といっても通用するかもしれない。

 会場は着飾った人であふれていた。みな私と似たかっこうだが上着の代わりにそろいの白いTシャツを着ている。男性はすそに細かい刺繍が入った黒の短い巻きスカート姿だ。腰にはピンクやオレンジをベースにした色鮮やかな縞の帯。肩からはやはりビンロウポシェット。頭には飾りではなく、人によって汗を止めるためのタオルを巻いている。

祭の会場は意外と狭く、バスケットボールのコートぐらい。屋外だがコンクリート敷きで、屋根つきだ。踊る場所の外にはテントがあり、おじいやおばあ、来賓がお酒を飲みながら祭を見物していた。

踊りはすでに始まっている。手をつなぎ、列になった人たちが歌を歌い、ステップをふむ。巻き踊りだ。ステップは単純なので、見ていてすぐおぼえた。輪に入ろうか迷っていると、
「行かない?」
とアルバイが誘いに来てくれた。さっそく一緒に加わる。祭はやっぱり見ているより、参加する方がずっと楽しい。

巻き踊りがしばらく続いたあとは、年齢で分けたグループごとに踊りを見せる番だ。43歳組の女性チームは、黒のタンクトップにジーンズ、赤い腹巻き、髪にも赤いスカーフで、モダンな踊りを披露。熟女パワーで場を盛り上げる。18〜24歳組はたったの2人。みんな兵隊にいっていていないという。

昼ごろトラックが会場に乗り入れ、バケツに入った豚肉などを配りはじめた。これがみんなのお昼ご飯。
「こっちにいらっしゃいよ。一緒に食べましょ」
 東京音頭を踊ってくれたお姉さんが声をかけてくれるが、
「あれは社交辞令。ついていっては迷惑だから、本気にしてはいけない」
 とリボクさん。お姉さんには曖昧な微笑みを返し、その場を離れる。こういうところも日本文化の名残なのか、それともアミ族の伝統なのか。

 リボクさんとお母さん、アルバイと彼女の友だち、そして私の5人は、街の小汚い食堂に入った。
「はじめて見たけど、なんだか学芸会みたいだったわね」
 とお母さん。昔はよその部落の祭は見てはいけないことになっていたらしい。

「もう昔の原型はとどめてないですね。昔から伝わる祭の歌は1曲もなくて、今日やったのは宴会の曲ばかりで。新しく興した祭だから、まあしょうがないけれど」
 リボクさんも少し残念そうだ。

店を出るとき、食べ残しを持ち帰ろうとしたら、こじゃれたお持ち帰り用パックをくれた。ちょっとびっくり。西表で同じように頼んだら、出てくるのはたぶんビニール袋だろう。ここは料理はおいしいが内装はかなり年季が入っている。意外なところにお金を使っているものだ。


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