来るはずだった台風はどこかに行ってしまったらしい。波は高いがよく晴れている。
今日は収穫祭初日で、祭は午後1時から。3時ごろ、私も正装して行くと、集会場はきれいな衣装を着た男女でにぎわっていた。連日の使い走りや慣れないお酒で疲れていそうなパカロガイも元気に踊っている。半分ぐらいの青年は、頭に巻物をして、よりいっそうの正装。みんなちょとかっこいい。
今日は女性も参加できる日だ。昔は男性が彼女と手をつないで踊れる貴重な場だったらしい。
祭の歌はシンプルなフレーズの繰り返しだが心に響くものがある。踊りのステップも簡単なのだが、なぜか目が離せない。アカペラで人々がリズムを合わせて歌う声は口に出した人々に降り注ぎ、エネルギーを増幅させているようだ。男女が動くたび美しい衣装の飾りがこすれ、シャンシャンという軽やかな音がする。
私は最初、写真を撮っていた。踊りたいが、部外者が参加するのは悪いような気もする。しかし、
「シャオジエ(お姉さん)も!」
と声をかけてくれる青年がいた。踊る若者が私の入る場所をあけてくれる。いそいそと間に入り、周りをまねて踊りだした。
踊りの列が動く間も、神の使いであるお酒はまわってくる。ビールだったり、米酒だったり。パカロガイが竹の器に入ったお酒をすくい上げて勧めてくれると、遠慮なくいただいた。喉が渇くのだ。
リボクさんがこういっていた。
「お酒を飲みながら踊ると悪酔いするんじゃないかと思うでしょ? でも酔わないの。暑い季節に飲んで踊っていると全部汗になる。しかも10分か20分に1回しか来ないしね。酔った人は病気者として追い出されるんですよ」
竹の杯はみな平等にまわってくる。ひとりだけ酔ってあばれたりしたら、ほかの人より多く飲んだか? どこかから盗んで飲んだか? と疑われるらしい。
大勢に紛れ、私は歌詞の意味もわからぬまま声を合わせて歌っている。リボクさんによると、祭の歌は歌でなく祝詞である、ということだから、祈りを込めて精一杯声を出す、ということで許してもらおう。
なん曲か同じステップで踊ったあと、動作が変わった。しかし私の体には先ほどまでの足の運びが染みこんでいる。足を2回交差させなくてはならないが、どうしても1回で動こうとして、前後の人の動きを乱す。あんまりずっと間違えるので、ついに、足をクロスさせるときに、
「2回!」
と日本語でかけ声を入れられるようになってしまった。すまんのう。
だいぶ汗をかいたころ、踊りが止まった。5時だ。そろそろおしまいだろう。祭は太陽が沈むころには終えるらしい。踊りの神様も寝るからだ。
しかし日没にはまだ時間があった。イスに座って休んでいると、再び若者が集まり、踊り出す。私も列に戻る。ところが今度は先ほどまでと違う展開が待っていた。
踊りの列は集会場内をなん周かしたあと、歌い踊りながらヘビのように列をくねくねさせて外に出た。川に沿って少し行くと、4車線の道路だ。なん人かが上り下りの車を止める。私たちはハイになったまま、アスファルトの道路の真ん中で輪になって踊りだした。
踊りの輪はゆっくりと回っている。踊る青年の後ろに緑の山が見える。輪が動くにつれ、背景は山から海に変わった。そうだ、宜湾は山と海に恵まれた自然豊かな村なのだ。
そろいの民族衣装の若者たち。歌は声を揃え、ステップは力強く。まばゆい太陽のもと、手と手をつなぎ、みな楽しげに笑う。顔には汗が光っている。みんなの気持ちがひとつになったこの瞬間を、私は待っていた気がした。いつまでもいつまでもこうしていたい……。
しかしヘビは、輪を解いて集会場へ戻っていった。今度はイスに残っている客を歌い踊りながらぐるぐる巻く。そしてすかさずパカロガイが、徹底的にお酒を勧める。特別な“おもてなし”でお帰りいただくのだ。
こうして最後のひとりが席を立ち、イスが片づけられると踊りが終わった。
「シャオジエ、また明日ね」
笑顔でみんなと別れる。明日は高雄に戻る日だ。行けなくてごめんね。