帰りの船「飛龍」は、行きの「飛龍21」より小さいけれど、それでも快適だった。台湾から石垣に直接戻る船はなく、いったん那覇に行かなければならない。那覇新港に着いたのは21日の昼間。船を下りたら快晴だった。
空は青く空気はきれいでごみごみしておらず、やっぱり沖縄はいいなぁ。帰ってきたぞ〜、とエネルギーがわいた。台湾は食べ物が安くておいしいけれど、台北をはじめ都市は車が多く排気ガスがものすごい。人もうじゃうじゃいて、あまりのんびりできる環境ではなかったのだ。
石垣行きの船が出るのは数時間後。あまり時間がないので、ゆいレールで首里に行き、静かな木陰で昼寝をした。
那覇から石垣へ行く船は6人部屋。そのうち2人が台湾人のおばさんだった。
「持ってきたけど食べきれないから」
といって、ひとりが大きなドラゴンフルーツと台湾のインスタントラーメン「粗食麺」をくれた。
「コンテナに荷物もあるし。台湾人には検査が厳しいのよ」
沖縄と台湾を行き来して物資を運んでいるのだろう。そういう人たちはカバンの中まで徹底的に調べられ、植物検疫に引っかかる果物でも見つかれば、即、没収。日本人旅行者なら、
「申告するものはありませんか?」
「ありません」
「じゃ、どうぞ」
ぐらいで済むのだが。
那覇から石垣へ行く船は、夏は混んでいてうるさいと聞いていたが、そんなこともなく。同じ部屋の5人はみな早々に寝ていた。石垣には予定通り、22日の午前5時ごろ到着。タクシーで離島桟橋まで行き、一便の船で西表へ。
しばらく留守にして戻ってみると、西表は夏だった。行く前も夏だったが、もっと夏になっていた。部屋の掃除や洗濯などをし、午後からは豊年祭の料理の手伝い。台湾の次は、地元・干立の豊年祭である。