7月23日(金)・24日(土) 「干立の豊年祭」 どちらも晴れ

7月23日(金) 晴れ

豊年祭初日。豊年祭とは沖縄で旧暦6月に行われる、主に稲の収穫祭のこと。朝から公民館で料理の手伝いをする。神さまに供える料理と役員が食べる折を作り、ついでに料理を作った私たち婦人が食べる折を詰めるのだ。

今日、私はひたすら揚げ物をする。「中まで火が通ると油の音が変わる」と以前教えられたがちっともわからず。適当にやっていたが、今回、はじめて音の違いに気づいた。うれしい。

午後3時からは御嶽でお客様を招いての儀式。ムイチャーというこの土地の着物(浴衣のようなものだが丈も袖も短い)を着て受け付けと接待をする。接待というのは給仕のこと。お盆を持ってお客様のテーブルの間をまわり、「ビールちょうだい」とか「氷持ってきて」などというリクエストに素早くおこたえするのだ。

御嶽での儀式が終わると、お客様たちは4人の神司とともに、ゆるゆると歌を歌いながら、村建てにかかわったウホ家に向かう。去年は村に来たばかりで興味津々。一緒にウホ家までついていったが、今年は裏方としてきっちり後片づけに専念する。

豊年祭は節祭と違い、村の人たちが主役ではない。下働きが中心。いかに滞りなく、必要なときに必要なものが用意できるか、が重要な気がするのだ。


7月24日(土) 晴れ

 今日も午前9時から料理。青年たちは6時半ぐらいから集まり、綱引きに使う大綱を作っている。去年もかんかん照りで大変そうだったが、今年もピーカン。わらを水で濡らしながらなうのだが、ついでに自分たちもホースで水をあびている。彼らにお昼のそばを出し、婦人たちはいったん解散。午後3時ごろ再度集合。そして料理。

お客様を御嶽で見送り、後片づけした後、ウホ家で合流。ワラで縄をない、ハチマキ状にしたものをあたまにかぶる。去年は縄がなえず人にやってもらったが、今年はタナカさんに教えてもらい自分でできた。大進歩だ。

クライマックスの大綱引きは今年もよかった。しかし去年のようなわき上がる感動はない。慣れてしまったということもあるが、使えないながらも中堅スタッフとして次のアクションの準備を心がけていると、感慨に浸っていられないのだ。綱引きが終わるとさっと公民館に行き、料理とお酒の準備。その場にいる人全員に配らなくてはいけない。

クバデーサーの葉に料理を3品取ったのがひとり分。これを手早くいっぱい作る。料理が配り終わったら、豊年祭のテーマ曲ともいえる『仲良田節』が流れる間、1升瓶とグラスを持ってお客様をまわる。1升瓶を軽く持ち上げ会釈し、グラスにちょっとついで差し出す。「飲めないので……」といわれても、「縁起物ですから」といって、口だけつけてもらう。こうして全員をまわり、最後は周りのだれかについでもらい、自分が飲む。今年もよくやったとはいえないが、去年はもっとわけわからなかったなぁ。ちょっとは進歩したのかなぁ。仲良田節をバックに、ふとそんなことを思った。


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