6月3日(木) くもりのち晴れ
イチローさんのお父さんが亡くなった。今日はお葬式だ。
退院した三好さんは、昨日の夕方、家に戻ってきた。顔がふっくらつやつやし、すっかり元気。足取りもしっかりしている。
「おい、3合瓶、知らないか?」
帰る早々、酒瓶を探している。
「知らない」
と私。
「1升瓶も3合瓶も、水筒までないよ。ニシザトだな。あいつ、全部持って行きおった」
そういえば三好さんが入院した翌々日、ニシザトさんがやってきた。
「おい、犬の餌はどうしてる?」
「あげてるよ。キャットフードだけど」
「ラーメン屋行って、骨もらって来い」
「やだよ(なんで私が?)」
「じゃ、オレが行って取ってくるから、犬にくれるから」
“くれる”というのは“やる”という意味だ。こっちの人はよくこういういい方をする。しかしニシザトさんは、ついに現れなかった。
その話をすると、三好さんはいった。
「犬の心配なんてせんよ、あいつは。酒を持っていく口実さ」
信じられない。そんなにしてまで飲みたいのだろうか?
お葬式には三好さんを乗せていった。きちんと喪服を着た私を見て、
「いつでもオレの葬式出せるな」
と喜んでいる。
「立派に喪主をやるから、心配しないで」
目には目を、シャレにはシャレを、だ。
お葬式の会場であるご自宅に行くと、長男のイチローさんは、参列者への挨拶をする次男の方の横に、ぼんやり立っていた。礼服がないのだろう。紺の作業ズボンにカーキ色の布ベルト。ノーネクタイどころか、開襟にした白の半袖シャツの胸元からはTシャツがのぞいている。しかも素足に島サンダル。イチローさんはいつでもイチローさんなんだ、と感心する。
朝はぐずついたお天気だったが、午後からは晴れ。健康診断に行く。
レントゲン車の後ろに並んでいると、先に待っていたおばさんが声をかけてくれた。
「日に焼けるよ。こっちに入ったら?」
すでに2人並んでいたので、私はテントの日陰からはみ出し立っていたのだ。
「こっち来た年はね、よくわからなくて、真っ黒に日焼けしたのよ。でもそれが1年でシミになってね。焼いちゃダメだな、って思ったの」
私を呼んでくれたおばさんはいう。それからは日焼け対策をしっかりしているらしい。
「田んぼにいくときこそおしゃれをするのよ。ファンデーションをいっぱい塗って、真っ赤なマニキュアを手にも足にもして。そうじゃないと土の鉄で爪が黄色くなるから。でも家にいるときはお化粧しないの」
わかる、それ。部落作業で掃除するとき、私もめいっぱい塗っている。ばっちり化粧しているけれど、着ているのは作業服。それが西表の定番なのかもなぁ。
6月4日(金) 晴れ
石垣からの帰り、東部の古見の野生生物保護センターに寄る。そこで働くチエコさんに、作った廃油石けんを使ってもらおうと思ったのだ。
「東部じゃそれぞれの家庭で作っていたりするわよ。私も島に来て20年、合成洗剤は使ったことないの」
石けんを受け取りながら、チエコさんはいった。
「こっちじゃ宿も少ないから、石けん作るときに油が足りないぐらい」
それはいいことを聞いた。西部地区から出る廃油を東部の人にも消費してもらえればありがたい。
「じゃ、作るときいってくださいよ。西部の油、あまっているから持ってきますよ」
「あら、西部のことは西部でやらないと。こっちはこっちで工夫しているわけだし」
その通りだ。
「だいたい、いまさら『廃油石けんだから使う』ってことでもないでしょ。環境にやさしく使い勝手のいい粉石けんがいっぱい出ているのに」
そんなことはやってて当たり前、ということらしい。西部と東部では人々の意識がまるで違うようだ。
東部地区に廃油に関する問題がなく、全部ではないにしろ一般家庭で合成洗剤を使わない習慣ができているなら、やはり廃油の問題は西部で解決しないといけないのだろう。またまた玉砕だ。粉石けんを作る機械を導入して廃油石けんを作るプロジェクトには、無理があるのだろうか。もっといい解決方法はほかにあるのか?
夕方、海で泳ぐ。最近、日が陰る6時ごろから毎日泳いでいる。とても気持ちいい。なんでもっと前からやらなかったのだろうと思うぐらいだ。
今日は大潮。1年で2番目に潮が引く日らしい。5月にあったマイナス12cmについでマイナス11cm。海には5月の大潮のときにしか見られないウミショウブが浮いている。
2月にNHKでウミショウブの特集をやっていた。ミクロの世界をとても美しく撮っていたが、肉眼で見ると、海に発砲スチロールの粉が浮いているみたい。1年でこの時期だけ、と聞くとありがたみがあるが、番組で見たときほどの感動はない。
昨日、海の色は茶色だった。濁っているのではなく、もずくを洗ったときのような、透明な焦げ茶色。毎日海の様子が違うのがおもしろい。