台風の影響で内地では飛行機が欠航しているのに、海神祭の今日、西表はすばらしい天気だ。
白浜で海神祭が始まったのは昭和12年である。白浜港は沖縄でゆいいつ、5000t級の船が入れる国際港で、昔は外国との交易がさかんだった。税関のあるこの港に、昭和12年、白浜集落を起こしたのを記念し、海神祭を行うようになったという。ちなみに、竹富町の役場は石垣市にあるのだが、石垣島に役場が転出したのも同じ年だ。白浜集落には一時は3600名が住んでいたが、今では税関もなく、人口は百数十人。小・中学生は合わせて8名で、学校は廃校の危機にある。
海神祭の会場に行くと、まだ午前8時半なのにじりじり照りつけて暑い。いつもは靴をはいているが、今日は島サンダル。足の甲が焼けて痛くならないよう日焼け止めをなん度もぬる。周りの人も帽子の上からタオルをかぶったりして、顔や首が焼けないよう工夫している。
スタート地点の奥には、それぞれのチームがおそろいのTシャツなどで準備をしていた。海神祭用の白い“ハーリーギン(ハーリー着)”でキメているのは地元白浜の青年たち。港のすぐ横に大会本部が作られ、テントの下には大勢のお客さんが座り、開会を待っていた。
レースが始った。応援する人の写真を撮ったり、干立のメンバーとおしゃべりしていると、ビニール袋を携えたムツミさんがやってきた。
「どれにする? 好きなの取って」
中には各種栄養ドリンク。これを飲んで力を発揮するように、という婦人会の差し入れなのだ。黒糖やアメ、お菓子や果物あたりでないところが、本気をうかがわせる。
船頭のヨーシーによる作戦会議が行われたのは、出番の少し前。彼を中心にみな輪になって座る。「干立婦人会」とロゴの入った赤いそろいのTシャツにミンサー織りの茶色のティサージ。同じかっこうをすると、気持ちにもまとまりが出てくる。
ヨーシーは紙に船の針路を描き、わかりやすく説明してくれた。
「最初、10数えるまではピッチを速く。『ハイ、ハイ、ハイ』のかけ声でいきましょう」
そのあと、「よいしょ」とか「ゆいさー」にリズムを切り替え、大きなストロークでスピードに乗る作戦だ。
「スタートは『ヨーイドン、ハイ』だからね」
カヨコさんも張り切ってアドバイスをする。ピストルの音のあと「ハイ」といってこぎ出すのだ。
最後から2番目のプログラム、いよいよ婦人会対抗レースになった。
沖には4本の竿が立っている。それぞれの竿には、本部席寄りから赤、白、黄色、青の旗がついており、抽選でコースを選ぶことになっていた。干立は赤に決まり、隣が紫色のTシャツの祖納、その向こうがソフトボールの衣装をつけた上原連合、いちばん端が白浜。サバニには重いもの、軽いものが混じっていて、軽い方が速いのだが、与えられた船が「あたり」かどうか、赤コースが有利なのか不利なのか、私にはわからなかった。
円陣を組み「オー!」と声をあげてから船に乗り込む。片足をサバニに下ろすと、足がぶるっと震えた。武者震いというものか。いよいよ5連覇をかけた戦いが始まるのだ。
パーン、という乾いたピストルの音を合図に、一斉にスタート。
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ……」
大きな声を出しながら、一生懸命こぐ。かけ声が「よいしょー」&「ゆいさー」に変わったころ、ちらっと横の祖納を見る。ほとんど横並びだ。
「よいしょー、ゆいさー……」
ぐんぐん引き抜けないもどかしさを力に変え、ヤコを深く海に入れる。スピードに乗っているんじゃないか? そんな気がする。またちらっと祖納を見る。さっきまで競っていたのに遅れはじめたようだ。力まずこのままこげばいい。
「よいしょー、ゆいさー……」
隣を見る。こちらがだいぶリードしてきた。大差で優勝なのだろうか!?
旗にさしかかると、ヨーシーが後ろから叫んだ。
「曲がるぞー!」
追いかけるようにタヅコさんも叫ぶ。
「もっと声出して!」
かけ声はさらに大きくなる。
ところが、これまで順調にきていた船が、急にスピードを落とした。練習のときより回りにくい。しかし、なんとかもがいて竿をまわり、直線へ。耐えてこいでいると、スピードが戻ってきた。
「追い越されたか?」
とあわてて祖納を見たが、向こうはもっと手こずっていた。干立のリードはさらに広がり、祖納はもはや、はるか後ろだった。
ゴールを目前にして、私たちのテンションはさらに上がる。
「もっと声出して!」
「最後まで気を抜かない!」
あちこちで声が飛ぶ。そのたびに気合いが入り、ぐんと進んだ。そしてゴールイン!
“やった、勝った! でもまだこげるぞ!!”
思わず「いえ〜い!」といいながらヤコを持ち上げ、縦に軽く回す。
ところが、みなしーんとしている。
「あり?」
どうしたのだろう、と右前方を見ると、祖納、上原連合の向こうで、白浜婦人会が応援団に水しぶきをかけられ大喜びしている。
「もしかして、白浜が早かった?」
どうもそうらしい。干立婦人会は2位。ライバルの祖納は4位だ。
白浜婦人会は、私の中でノーマークだった。白浜が強いなんて、だれもいっていなかったじゃないか。練習のときもへなちょこに見えた。あれはすべてフェイクだったのか?
非常に悔しい。負けたこと以上に、自分がうかつだったことが悔しい。勝手にぬか喜びをしていたことが許せなかった。120パーセント力を出さず、余力を残していたのは私だ。密かに足を引っ張った気がして、みんなに申し訳なかった……。(続く)