今日は朝から張り切っていた。誕生日だからではない。“ビーチクリーンアップ大作戦!”に参加するためだ。
西表に限らず、海岸にはたくさんのゴミが流れ着く。夏には島の南側、冬は北風があたる北側の海岸に特にゴミが多くなる。放っておいてもなくなるわけではないので、西表では月に1〜2回、八重山環境ネットワーク、西表エコツーリズム協会などの共催で、ボランティアを募り、海岸清掃が行われている。
この活動のことはスーパーの張り紙や放送などで前から知っていた。しかしタイミングが合わず、これまで参加できないでいた。今日こそは絶対にやるぞ、と日焼け止めの化粧をバッチリし、軍手をはめ、帽子をかぶり、長靴姿で元気に出発!
今日の清掃会場は、上原港の奥にある、まるまビーチ。みな大きなゴミ袋をかかえ、次々ゴミを拾っている。私も袋を取って海岸を歩き出す。浜は日差しが強いが、後ろに控える森に入ると、けっこう涼しい。
拾い出して感じたのは、
「ゴミ、多すぎ!」
ということ。ぱっと見て「あまりないな」と思いながら、ゴミに近づくと、その奥にゴミを見つける。それを拾いに行くと、また次、また次と、どんどん見つかってキリがない。そうやってゴミの道しるべをたどって行ったら、なんと、ゴミ広場に出くわしてしまった!
ゴミ広場は浜の奥の森の中にあった。1カ所にかたまってゴミが山積みされているわけではない。どこに視線をやっても必ずゴミが目に入る、という荒れ方だ。船の浮きに使う巨大な発泡スチロール、プラスチック製の大きな浮、大小のペットボトル、缶。ポテトチップスやアメの袋、プラスチックのライター、洗剤のボトルなどもある。この広場の特徴は、あらゆる種類のゴミが同じように落ちていることだ。奥まった場所なので、ごみ溜めのような役割になってしまったのだろう。
ゴミを拾うときれいになる、という目に見える成果がうれしくて、夢中でゴミに手を出す。少々足場の悪い岩場でも、ハブのいそうな草むらでも、おかまいなく突き進む自分がこわい。今日はなんだか蚊にさされる気さえしない。静かな森の中を、つき物がついたように、無心でゴミに挑んでいく。
そのうち、ウエットスーツの素材でできたブルーの小さな袋を見つけた。マリン用の小物入れのようだが、本当のところは、なにを入れるのかわからない。
「そうだ、あれに使おう!」
3月に新しいデジカメとハウジングを買った。そのケースにちょうどいい気がするのだ。ビーチクリーンアップでは、拾ったゴミが自分にとってのお宝だった場合、断りなくもらっていいという暗黙のルールがある。
拾ったゴミは種類ごとにせっせと袋に入れ、浜に出しておいた。そうすると手のあいた人が本部まで運んでくれているようだった。浜と森の奥をなん往復かしたあと、広場に戻って考え込んだ。
「これは、どうしたものかなぁ」
広場はだいぶきれいになった。しかし大物が残っている。無造作に横たわる毛布らしき物体だ。これを地面から引きはがしたとき、下からなにがでてくるのか? サソリかハブか? その程度ならまだいい。白骨体でも出てきたら、そうとう怖い。
だいぶ考えた末、毛布にはさわらないことにした。まるまビーチでの海岸清掃は1年に1回。来年までここに残っていたら、そのときまた考えよう。
スタートから約1時間半後、大量に集まったゴミを3トントラックに積み始めた。積んでも積んでもゴミはまだある。結局トラックは2往復。それでも載せられなかった分は、軽トラックで運んだ。
ゴミはこの後、種類別にカウントされる。しかし、慣れないゴミ拾いに張り切りすぎて疲れてしまったため、本日はリタイア。次からは頑張ろうと決め、ジュースをゴクゴクご馳走になり帰ってきた。
メゾン三吉に着くと、三好さんがカレンダーの裏紙を手渡してきた。
「おい、キミの気持ちを詠んどいたぞ」
・ たんじょう日うたげのあとのけだるさよ
「なんでけだるいのよ? ぜんぜん元気だけど?」
と私。昨夜、酔っぱらって早々に部屋に引きあげた三好さんは、今朝片づけをして、残っていたビール4本をイチローさんと飲んだらしい。けだるいのは三好さんだろう。
紙にはもうひとつ“作品”が書かれていた。
・ 春雷のカトリ線こう右廻り
「春雷」は春の季語。「カトリ線こう」は夏の季語。その両方が同時に成り立つのが、ここの気候の独自性を表している。また春雷のころの季節風や潮のうずに、カトリ線こうの渦巻きを重ねているのがすばらしい、とのことである。解説を終えると、三好さんはニヤニヤしながら、
「小林一茶もまっさおじゃろ」
この人は長生きするに違いない。
さっそく、昼間拾ったケースをなん度も洗う。だいぶきれいになったなぁと満足しながらデジカメのハウジングを入れると……ぴったり! これはうれしい誕生日プレゼントだな。