5月9日(日) 「母の日」 くもり

今日は母の日。干立婦人会では30人ほどで、できたばかりのリゾートホテルで昼食会をすることになっていた。

「午前9時20分公民館に集合」と聞いて、変だなぁ、とは思っていた。なんでお昼を食べるのにそんな時間なのか? おばあはみなせっかち、とはいえ、早すぎないか?

謎はすぐ解けた。食事会の前にグラスボートで船浮に行くのだった。グラスボートは少し揺れた。波もばしゃばしゃかかってきた。みんな窓に張られたビニールシートをぴったり閉める。外に出て風を感じたいとか、少々波をかぶっても景色を見よう、という人はほとんどいない。西表の美しい海なんで、みな見慣れているのだ。それより今日1日来て歩く服が濡れず、日にも焼けず快適でいることを選んでいる。

高い波が続くと、だまってかたまっている人がなん人も出てきた。酔ったのだ。そのうえ、グラスボートから見るサンゴは、あいにくあまり美しくない。去年の3月にはずいぶん感動したはずなのに。あれからシュノーケリングで、もっときれいなサンゴを経験したからか?

「いつも潜って魚やサンゴを身近に見てるから、グラスボートじゃ物足りないな」
 つきそいで来ていたジーボさんがポツンといった。ああ、そうか。ガラス1枚隔てただけで、ずいぶん感動は違うんだった。そう感じたのは、沖縄本島の美ら海水族館に行ったとき。巨大な水槽にマンタがゆうゆう泳ぐ姿はすばらしかったが、海の中でじかに1匹の小魚を見る方が、心に刻まれると思った記憶がある。

新しくできたリゾートホテルは、オール・バリテイストだった。外壁はバリダンスのレリーフレンガで飾られている。インテリアもバリ風だ。

食事の合間に、庭を散歩する。一緒に来ているおばあがひとり、先を歩いていた。
「ここはね、昔、炭坑の社長の家があってよ。女中が6人いて、私はそのうちのひとりで。下男は10人いたよ。戦争のとき、それぞれの軍隊が200人ずつ船で来てね、みんなで炊き出ししたさ」
一緒に歩きながら昔話をしてくれる。つらい時代だったはずだが、いまとなっては懐かしいような、うれしいような顔で話している。

「いま、道があるところは、昔はトンネルだったよ。住吉と浦内の間はね。そこを石炭積んでトロッコ押して。女は腰巻き1枚、男はぶーらぶーらさせて、はだかで炭坑から出てきたよ。暑いからね、中は。でもいい時代になったね」
 母の日に、またひとつ、私の知らない西表を教えてもらった。


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