5月22日(土) 「三好さん、緊急入院・その1」 ふったりやんだり

トントン。
眠りの中でドアを叩く音がする。
トントン。
遠慮がちに叩く音が、今度ははっきりと聞こえた。夢じゃない。
「ヤマシタさん……」
 三好さんが呼んでいる。時計を見ると、午前5時半。

「はい」
 ドアをあけた。こんな時間になんだろう。
「診療所に連れて行ってくれんか」
 息がお酒臭い。
「どうしたの?」
「痰が赤いんや。鼻血も出るし」
 それだけで起こしたの? とむっとするが、警備会社に電話する。時間外の診療はまず警備会社に連絡し、そこから診療所の先生につないでもらうことになっている。名前や年齢、住所などを伝え、医師からの連絡を待つ。

「どうしました?」
「三好さんが、痰に血が混じるっていうんです。鼻血も出るみたいで。診療所に連れて行ってくれ、っていうものですから」
 三好さんに電話を代わると、先生に体調を説明している。
「先生、なんだって?」
「急を要さないから、様子を見てあとでいらっしゃいって」
 そうだろうと思った。男性は血を見慣れていないので、少しの出血でも動転すると聞く。痰にちょっと血が混じっても真っ赤になるので、吐血したようなショックなのだろう。庭を見ると、ムラオさんが座った目でこちらを心配そうに見ていた。この人はいつ見かけても酔っぱらいだ。アネックス(テント)で三好さんと、一晩中飲んでいたに違いない。ほんとうに困った人たちだ。

 次に目覚めたのは10時。その間にひとりで診療所に行った三好さんは、少し具合がよくなったのか、部屋で掃除機の音がする。
「どうだった?」
「肝硬変の一歩手前だって。酒はやめないと死にますよ、っていわれた」
それは三好さんに関して、だれもが思っていることだ。
「なにか食べた? 食べて寝てた方がいいんじゃない?」
「いまは食欲なくてね。夕方でいいから貝のみそ汁、作ってくれんか? 肝臓にいいっていうから」
 そういって、浜で採った白いシジミをたくさん渡された。

友だちとお昼ご飯を外で食べたあと、午後はずっと部屋にいた。三好さんが「がーっ、ぺっ」
としきりに痰を吐いている。あわててトイレに駆け込んだりもする。なかなか眠れないようだ。

シジミを火にかけ、おみそ汁を作り始めたころ、
「ヤマシタさん」
三好さんが玄関口に現れた。
「すまんがもう一度診療所に電話してくれんかの」
 薬を飲んでもちっともよくならないらしい。
「血が止まらんのや。お腹も壊してるし」

もう一度医者と電話で話す。状況を説明すると、先生にこう聞かれた。
「三好さん、昼間、どう過ごされてました?」
「お掃除とかしていたみたいですけど。寝てなきゃダメだよ、っていったんですが」
 それ以上のことは、生活を共にしているわけではないのでわからない。
「朝の電話から診療所に来るまでに、三好さん、お酒飲んでるんですよ」
「えっ!?」
 信じられない。
「だからいったんですよ、お酒飲むなら僕は診ませんよ、って」
ばっかじゃないの。なに考えてるんだろう?

とりあえず診療所に来るように、とのことで、三好さんを車に乗せた。
「ゆっくり、もっとゆっくり」
 そんなにスピードは出してないが、小さな振動でも体にこたえるらしい。車の速度を落とし、どうするか迷った末、やはり聞くことにした。
「三好さん、朝の電話のあと、診療所に行くまでにお酒飲んでたんだって?」
 まっすぐ前を見ながら声をかける。こくっとうなづく姿が視界の端に見えた。かわいそうだけど、この人の酒癖は、死ななきゃ治らないのだろう。
                                (続く)


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