4月12日(月) 快晴。干立はくもり
石垣で買い物をして、家に帰る。西表に入ってからもずっと晴れだったのに、浦内橋を越えるとくもっていた。同じ島の中でも天気は違う。テレビの予報は「西表の天気」を伝えてくれず、「石垣島地方の天気」を参考にするしかないが、周りの人はほとんどあてにしていない。
しばらく留守をしている間に島は年度末を迎えていた。学校の先生その他の公務員が、今年も大勢転勤していったのだろう。メゾン三吉にはおこぼれのガラクタが増えていた。洗面器、ソープディッシュ、スポーツタイプの自転車など。まだまだ使えるものばかりだ。
「いいものがあったよ。8500円のオーデコロン」
三好さんがうれしそうに自慢する。毎日髪につけているらしい。
「気をつけた方がいいよ、古いかもしれないから。かえってはげたら悲惨じゃない?」
三好さんは「そうか」と納得したようだ。
昨日届いていたフーミンからのメールによると、10日にイチローさんが骨折したらしい。
――飲んで帰る途中にバイクでこけて肋骨2本折ったといういちろうさん。シャツの上からバンデージで締めて、てくてく歩いて住吉売店までお買い物にきていた。島内で一番多い事故はこういった自損タイプに違いない。 いのうえ――
大丈夫かな、イチローさん。明日寄ってみようかな。
4月13日(火) 晴れ
日曜日、トライアスロンを見たときの日焼けが尾を引いている。手の甲が少しひりひりする感じだ。近所のおばあが「アロエは医者いらず」といっていたのを思い出す。さっそく庭のアロエを採りに出る。
洗ってトゲを取り、皮をはいで中のぬめぬめを手に伸ばす。手の甲がヨードチンキをぬったみたいになった。効きそうな色だ。
グロテスクな手のまま、昨日、石垣で買ってきたナーベラとゴーヤの苗を植える。本当は畑をきちんと耕し、肥料を入れて土作りをした方がいいのだが、面倒くさいのでやらない。畑の空いているスペースにシャベルでちょちょっと穴を掘り、苗ポットから出した苗をはめ込む。土をかけて水をまいたらできあがり。ちゃんと育つかなぁ。
島の人がやってきたことをあれこれマネしたくて、今年はクースを作ることにした。カメだけでも買うと高いのだが、ひょんなことからキンセーさんに2つもらったので、あとはお酒を用意すればいい。
お酒の銘柄はなんでもいいらしいが、43度以上のものが望ましいという。熟成させているうちにアルコール度数が下がるからだ。インターネットでも調べたが、結局、石垣の泡盛専門店で売られている久米仙が、43度の泡盛の中でいちばん安く手にはいることがわかった。5升と3升のカメに入れ、さらに1年後、少し飲んで継ぎ足す分のお酒を用意するとなると、1升瓶10本は必要だろう。
その久米仙を昨日、石垣で買っておいた。ひとつひとつ栓を抜き、洗って乾かしておいたカメにさっそく注ぎ入れる。そんなに大きな器に見えないのだが、1升瓶のお酒が次から次へ、ぐびぐびと飲み込まれていく。カメの9割ぐらいまで注いだら、口にクバの葉を置き上から栓をする。こうするときちんと密封されるうえ、お酒にカビがはえないらしい。
クバの葉が必要なことは、クース作りの本などで知っていた。夏になると扇を作ったりするので、その辺に生えているのだろうとは思っていたが、いざ自分で採るとなると、どこにあるのかわからなかった。
「ヒデコさん、クバの葉ってどこに生えてる?」
島の植物のことならなんでも知っているヒデコさんに聞いてみる。
「どこがいいかね。山の上の御嶽のところに生えてるよ」
そんな聖地の植物を採ってもいいのだろうか?
「葉っぱください、っていえばいいよ」
といいながら、軽くお辞儀をしてみせる。こうやって挨拶していただけばいいのか。
1カ月前、こうして採ってきたクバの葉を洗い、乾かしておいた。2枚を栓に使い、残りの4枚は栓の上にかぶせ、ホコリよけのカバーにした。見た目は立派なクースガメができた。味わい深い泡盛になったらいいな。
お酒の仕込みが終わるころには、手の甲のひりひりはすっかり治っていた。
4月14日(水) くもり
「オマエ、なにしに来たか。帰れ!」
おはよう、とやってきたニシザトさんに、三好さんが怒鳴っている。
昨日、家から出ると、ニシザトさんがビールを飲みながらうちの庭で漁の網をつくろっていた。
「あれ、三好さん、海に行ったよ」
と声をかけると「知っている」という。ちょっと変な感じがした。漁に行くとき、三好さんは普段ドアを閉めていくのに、今日は開けっ放しだ。そしてニシザトさんが手にするビールは、汗をかき、冷えている。
「おい、チナミ、三好さんのビール飲んじゃったから、買ってきてくれないか」
さらっと軽く、ニシザトさんがいった。彼の家に行き、家の人からお金をもらってビールを買って来てほしいという。
「カツオのアラ汁あげるから」
そのひとことに釣られたわけではないが、ちょうどスーパーに行く用事があったので、おつかいをしてあげることにする。
「はい、ビール」
15分後、戻ってニシザトさんにビールを手渡したとき、嫌な予感がした。この人、このビールも飲んでしまうんじゃないだろうか。
予感は的中した。病的な酒飲みであるニシザトさんは、お酒を前にすると分別をなくすらしい。私から受け取ったビールは三好さんの冷蔵庫に戻されず、結局ニシザトさんの胃袋におさまったようだ。
「人の留守の間に上がり込んで、勝手に酒を飲むなんて泥棒じゃないか! おまえもあいつのこと、相手にするなよ!」
港でニシザトさんに会っていきさつを知らされたのだろう。漁から戻ってきた三好さんは、かんかんだ。
ところが今朝、手みやげをもって謝りに来たニシザトさんに、最初こそ怒っていた三好さんだったが、いつのまにやら話が弾み、“ビール勝手に飲み事件”は、思いのほかあっさりと水に流されてた。
「ちょっと、イチローさんのところに様子見に行ってくるわ」
おはよう、とニシザトさんが現れた30分後、2人は仲良く、三好さんの車で出かけていった。不思議なもんだ。
彼らの偵察によると、掘っ建て小屋であるイチローさんの家の玄関前はイスなどでバリケードが築かれ、人が出入りできないようになっているらしい。昨日、私が行ったときは、イチローさんは留守だったが家はいつもと変わりなかったのに。
「入院したのかな?」
「そうかもなぁ」
イチローさん、どうしているのだろう。