朝、家にいたらヒデコさんがやってきた。
「今日、なにしてる? 海、行く?」
今日は旧暦3月3日。浜下りの日である。沖縄地方に伝わる年中行事で、かつては菱形に切ったヨモギ餅を仏壇、火の神に供え、女性は海に下りて足をぬらすことになっていた。ヘビの子を生まないようにだ。
昔あるところに美しい娘がいた。若い男が娘の元に毎晩通ううち、娘は妊娠。それを知った母は娘に、「この麻糸を針につけて男の髪に刺すように」といいつけた。翌朝母が麻糸の跡をたどったところ、岩の下から声がする。
「僕は人間の腹に自分の種子を宿させてあるから、たとえ針を刺されていま死んでも悔いはない」
すると別な声が応えた。
「人間は利口だから、海へ下りて飛んだりはねたり、波と遊んだりして、おまえの種子をすっかり下ろしてしまうだろう」
母が驚いての岩の下をのぞくと、1本足のアカマター(ヘビに一種)が頭に針を刺されてうなっていた。それから女性の浜折りが始まったという。
しかし近年では浜下りもレジャー化しており、グループで潮干狩りを楽しんだりするようだ。干立でも子供会主催で潮干狩りに行くらしい。ヒデコさんはついでに私もを誘いに来てくれたのだ。うれしいな。
「干潮は2時だけどよ、おばーなんかもっと早く行ってスノリ採ってるから。あとで来るといいよ」
スノリとはモズクのことである。そういえば、今年はモズク、まだ採ってない。浜下りがてら、いっぱい採るぞ。
今日の午後はイチローさんちに島らっきょうを取りに行く約束をしていた。
「イチローさん、こんにちは!」
ドアの外で挨拶すると、遠くから声がする。
「お〜い、ヤマシタさーん」
畑だ。イチローさんは畑にいるのだ。
声のする方に行くと、島らっきょう畑でイチローさんが収穫をしている。
「一輪車、取ってきて」
いわれたとおりにすると、イチローさんは島らっきょうを乗せ、家の前まで運んでいった。
電線が巻いてあったコイルをテーブル代わりに、一緒に島らっきょうの根と葉を包丁で切り落とす。少しなら問題ないが、大量にあるので大変だ。
「朝、5時からやってるんだけど、まだこれしかできないよ」
それでも麻袋に半分ぐらい入っている。
「それでどれぐらいの量、あるの?」
「なに、ひとメモリもいかないよ」
「ひとメモリって1kg?」
「うん」
「それとも100g?」
「うん」
両方うなづくのでどっちなのかはっきりしないが、イチローさんがいう以上にはありそうだ。
「1kg800円だからよ。合わんよ」
確かに。丹誠込めて育て、収穫し、こうして時間をかけて根や葉を処理してこの値段なら、安すぎる。それが農業ってものなのか?
「店に行ったら、ちょこっとの量にかつお節かけて、一皿200円だけどよ」
根や葉の処理をしてある島らっきょうを買ったお店も、洗って泥を落とし、薄皮を1枚はがすという面倒な手間をかけなくては、料理として出せない。おいしいので人気メニューなのだが、収穫から口に入るまで、そうとう人手がいるのだ。
細かい作業だったが、ふたりでやると案外早く終わった。
「ひとりいると、ラクだな」
イチローさんも喜んでいる。
「これに入れて」
ビニール袋を5枚渡された。私が手伝った少なからぬ量の島らっきょうは、メゾン三吉の3世帯、いのうえ家、いのうえ家の住人・イチカワさんの5軒用だという。
「イチローさんのは?」
「朝やったのがここにあるから」
なんていい人なんだ!
家に帰ってモズクを採りに行く。ヒデコさんたちは宝島の方に行くといっていたが、遅くなったので干立の浜でひとり採ることにする。引きあげたモズクをざるに入れながら、なんとなく不安になる。
「これ、もしかしてほかの海藻じゃないかな?」
三好さんが昨日分けてくれたモズクと違い、太くてピンピンしているのだ。
「昨日もらったのは、もっとぬめっとして、しなやかだったけどなぁ」
少しちぎって口に入れる。たぶん……モズクのような……
帰って洗い、しばらくしたら、ぬめっとなった。なんだ、これでよかったみたい。明日も行くぞ!
参考文献:『八重山生活誌』(宮城文著 沖縄タイムス社刊)