4月24日(土)・25日(日) 「世願いの舞台裏」 くもりときどき雨/晴れ

4月24日(土) くもりときどき雨

 午前9時から部落清掃があるので、早朝6時40分か遅くとも8時半の船に乗るつもりだった。ところが目覚めたら9時35分! 午前3時前に寝たのが響いたか。午前中の掃除はあきらめ、昼から参加することに。

 11時の船浦行きの船に乗る。観光のお客さんが多く、席は8割方うまっている。船内には「これから遊びに行くのだ!」という明るいムードがただよっていた。

 しかし行楽ムードは最初の10分だけ。波が高く船が揺れる。海面に船が着いたままの横揺れならまだいいが、ふわっと船体が上空に浮き、バッシャーンと思いっきりたたきつけられる。飛行機が乱気流に巻き込まれたときの状態が、なん度もなん度も繰り返される感じだ。

「帰りもこれ、乗るの?」
 5歳ぐらいの男の子が、たまりかねてお母さんに聞いた。素朴な、しかし切実な質問に、お父さんや2人のお兄ちゃん、周りにいた人たちがどっと笑う。

 もう治まるのではないか、という乗客の期待に反して、高波はいっこうに衰えを見せなかった。さっきの男の子は吐きながら、
「なんでこんなとこに連れてくるんだよ!」「楽しくないよ!」
 と両親を責めている。かわいそうだが、だれもなにもしてあげられない。和やかだった船内もいつしか冷め、しーんとしている。みんな「早く着くように」と願っているようだ。

「あとどれくらいなの?」
 弱々しい声で男の子が聞く。私も気になる。さっきから酔いそうな感じなのだ。でもバッグに手を入れケータイを取り出し時間を確認するのがおっくう。私も危ないかもしれない。

「あと、どれくらい?」
 男の子がもう一度口を開いたとき、思い切って時間を見た。11時32分。
「えっ、まだこんな時間!? あと10分もある」
 と思った瞬間、唾液がこみ上げてきた。石垣・西表航路で酔いそうになったことはあるが、こんなに本格的なのははじめてだ。とっさにビニール袋を口に当てる。断続的に3回ほど戻すと、案外すっきりした。

 家に戻ると12時だった。もうふらふらだ。ちょっとのつもりで横になると、そのまま寝てしまった。起きたら4時!

 結局午後の掃除もさぼってしまった。あー、やれやれ。


4月25日(日) 晴れ

 今日は世願い(ユーニガイ)。稲がすくすくと育つように祈願するお祭りだ。部落の神行事のとき、女性たちには料理という重要な仕事がある。干立ではお客さん用の弁当は仕出しを頼むが、御嶽に供えるスズリブタ(重箱)や公民館役員の弁当は婦人たちで作る。バラピ(ヒカゲヘゴ)やタケノコ、昆布や三枚肉といった煮物の仕込みは昨日で終わったようだが、今日は揚げ物や盛りつけが残っていた。

 9時に公民館の厨房に行き、お手伝いをする。紅白のかまぼこ、魚肉ソーセージ、魚が次々唐揚げされていく。高温多湿という気候から、食べ物の保ちをよくするため生で食べられるものも“焼く”のだ(こちらの人は“揚げ”といわず“焼く”という)。

 魚はぶつ切りの唐揚げのほかに、細切りの天ぷらも用意することになっていた。味をつけよくかき回した衣を、たっぷりつける。江戸前の天ぷらのように、粘りが出ないようざっくり混ぜた衣に軽くくぐらせるのとは違う。
「衣がたっぷりついてないと、できあがりが『みすぼらしい』っていわれるのよ」
 マサコさんが教えてくれる。干立では都会から移ってきた人も多く、家庭では薄い衣が主流のようだが、公民館の料理は別物らしい。

 三枚鍋で魚の天ぷらをムツミさんと揚げたが、まだかき揚げがあった。大きな大きなボールにいっぱい、ニンジン、タマネギ、ニラ、モズクの混ざったタネが残っている。
「これがねぇ、減らないのよ。揚げても揚げても」
 タネを手にとって形を整え、油に落としながらムツミさんがいう。確かに、さっきからだいぶ揚げているが、ボールの中身は減ってるように見えない。

「これやっていると、はじめてラーメン食べたときのことを思い出すわ」
 新潟出身のムツミさんは、30年ぐらい前、長い時間電車に乗って行った東京で、知人にラーメンをごちそうになったらしい。
「でも食べたことないもんだから、おいしいと思えなかったのよ。それで一口食べてはかき回し、また一口食べてはためいきついて、ってやってたら、どんどん増えって」
 と笑っている。かき揚げを鍋から引きあげながら、私もつられて笑った。

 料理の準備ができたので、盛りつけることになった。木でできたスズリブタに9品詰めていく。問題が起きたのはこのときだ。
「これ、違うわよ。三枚肉は立てて入れなきゃ」
 ふとのぞき込んだヒロミさんが指摘する。スズリブタには2枚並べた三枚肉が3段重ねになっていた。

「本当は立てて入れるのよ。お祝い事は皮が上。不祝儀は皮が下。でも、しばらく前から寝かせて置くようになったのよね」
 スズリブタを詰めていたマサコさんが解説する。横に寝かすと三枚肉6切れでいいが、縦にすると最低9切れないとスペースが埋まらない。食べ物のない時代に三枚肉を寝かせる工夫が根づいたが、それをゆゆしく思っていた人たちが“実権”を握るようになり、元に戻そうとしているのだ。

「決めた! こういうことは大事だから、正しいやり方にしましょ!」
 マサコさんの一声で、寝ていた肉は起こされた。
 厨房からも村の歴史がかいま見えるのであった。


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