3月1日(月) くもり。夕方から少し雨
午前中、フーミンちに石けん切りに行く。牛乳パックから出すと固まりすぎていたので、ノコギリを使用。意外ときれいに切れた。
午後はこの間採ってきたアーサーをアーサー汁にして、イノシシ肉のアンダースー、ごぼうのゴマよごし、豆腐のステーキなども作る。食はなにより大事なので(食いしん坊なだけ?)、せっせと作り、おいしく食べる。
3月2日(火) 雨
こちらに来てから和の甘いものが妙に食べたい。最初は缶詰のゆで小豆を使っていたが、コストを考え豆からゆでることにした。こういう方向に生活が変わると、お金がかからずゴミも出ない。朝は小豆をゆで、チョータローおじさんからもらった丸餅を網で焼き、お汁粉を作る。黒糖を使うと甘さにコクがあっておいしい。
夜はカツオハンバーグ。イカハンバーグのときの要領で、タマネギ、シイタケ、ニンニク、カツオ、ショウガをフードプロセッサーにかけ、卵と小麦粉をつなぎにして焼く。ショウガ醤油につけ、サニーレタスで包むと美味だった。
デザートはのぼるおじいからの差し入れ、完熟パパイヤ。
「カラスがつついたところは切って食べて」
と渡してくれたが、この“カラスがつついた”というのがおいしさの証拠。甘く熟れていて、ぺろりと1コ食べてしまう。
3月3日(水) 雨のちくもり
2月4日に仕込んだ石けんをラップで包む。
「なんだか売り物みたい!」
きちんと包装すると立派な商品に変身! 自分たちで作ったとは思えないできだ。
さっそくいとおしい石けんたちを納品し、お金をもらう。時給に換算するとごくごく安いのだが、とてもうれしい。
3月4日(木) 朝は雨、あとはくもり
とても寒くてこごえる。手が冷たい。
豆腐ようを作ろうと、福井のお味噌屋さんに注文した米麹が届く。中国大陸から渡り、琉球王府・貴族たちに愛された珍味、豆腐よう。空港のみやげ物屋などでも売っているが、これにチャレンジするのだ。週末に43度の泡盛を買い、米麹をつけるのが楽しみだ。
石けん作りに使う廃油をもらおうと、祖納のホテルに飛び込みでお願いする。
「ちょっと待ってて」
と厨房に消えた奥さんは、
「いっぱいあるから持っていって、って」
といいながら出てきた。
「助かるわぁ。最近、婦人会で石けん作ってないみたいで、油がたまっているのよ。出しておくから、いつでも取っていってね」
厨房の裏から出てきたのは、20リットルのタンクに入った廃油が2タンク。助かるのはこっちの方だ。
「廃油を使ってくれるのはいいことだから、石けん作り、頑張ってね」
と応援までしてくれる。サイズが合わず、たまたま商品にしかねた石けんを奥さんにあげる。
「上等じゃない! 売れるわよ、これなら」
だから、売るんですってば。
夜はチョータローさんによばれ、三好さんとイノシシ汁をご馳走になる。ほかの具は一切入れず、味噌としょうゆで味つけをした直球勝負のイノシシ汁は、雑味のないクリアなお味。臭みもなく大変おいしい。
「お代わりしていいよ」
というお言葉に甘え、3杯食べる。
ところがチョータローさんは、自分で味をみながら
「なんか足りないな」
と不満そう。祖納原住民のほかのおじいも、
「そうだな。中身(内蔵)が入ってないからじゃないか?」
舌が肥えている人たちの感覚は、ひと味違う。
「中身はどこいったの、チョータローさん?」
と聞くと、
「どっかにあるはずよ。探したんだけどなぁ。探されんかった」
いくつもの大きな冷凍庫に分散させて入れるうち、わからなくなってしまったのだろう。しかし気を取り直したチョータローさんは、
「そのうち出てくるよ。そうしたらもう1回、汁やろう!」
ぜひそうしましょう!
3月5日(金) 晴れたりくもったり
「ヤマシタさん、ウコンやろうか?」
三好さんが呼んでいる。朝、イチローさんがやってきた。どうやらウコンをもらったらしい。酒飲みの三好さんは喜んでスライスし、ざるに入れて天日干し。そのおすそ分けである。
「10年ものの梅干し、いるか?」
今度は梅干しがもらえるのか? しかも、高齢のお母さんがまだ元気なときにつけたものだという。
「ありがとう!」
といって、梅干しを入れる器を差し出す。
「豆腐ようはいつ食べられるかなぁ」
お返しは、半年後においしくなる豆腐ようらしい。
ウコンを持ってきたイチローさんは、メゾン三吉ファミリーに葉ニンニクを置いていった。ニラ、ダイコン、葉ニンニク、キャベツ……。この冬はイチローさんの野菜にどれだけお世話になっただろう。カゼらしいカゼもひかず、元気に冬が越せたのは、食べきれないほど豊富に無農薬の野菜を運んでくれたイチローさんのお陰だ。
久しぶりに晴れたのでふとんを干す。ふとんがしめって重いのは気のせいか? おねしょじゃないよ。DVDさえ黴びるといわれる強烈な湿気のせい。たぶん。