3月6日(土) 「財布が神隠し」 早朝は大雨、のちくもりときどき雨

竹富町の民俗芸能発表会を見るため、石垣に行く。毎年、町内の島が持ち回りで会場になるのだが、今年は町制施行55周年。各島の中継地である石垣島の市民会館で特別に開催されるのだ。

石垣に行くときは忘れずにしなくてはならないことがある。島の物価は高いので、食料品や日用雑貨を買いだめするのだ。今回は特に、手に入れなくてはいけないものがいろいろあり、買い物リストまで用意してあった。

離島桟橋裏のショップで自転車を借り、前を通る国道390号線を走る。車の交通量は多いが、広い歩道にはほとんどだれも歩いていない。スイスイと15分ほど走ると、最初の目的地、泡盛専門店に着いた。クース(*1)の値段をチェックしたあと、2軒隣の100円ショップに行く。ゴム手袋、保存容器などの雑貨をカゴ2つに入れ、レジに並ぶと、
「3990円です」
と店員さんがいった。

ちょっと買いすぎかな、と感じながらバッグに手を突っ込み、手探りで財布を探す。ところが、ない。財布って探すときにすぐ出てこないんだよなぁと思いながら、今度はバッグの中をじっと観察する。やはり見あたらない。「うそ!?」と信じられない思いで、最後はバッグの中身をひとつずつ台の上に出す。しかし財布は最後まで出てこなかった。
「あとでお金を払いに来ますから、取って置いてもらえますか?」
 事情を説明し、店を出た。

 きっとどこかに忘れたのだろう。泡盛屋か貸し自転車屋にあるに違いない。無理矢理そう思い込むようにし、来た道を戻る。でも、お店にも道路にも財布はなかった。

 貸し自転車屋で「身分証明書を」といわれ、財布から免許証を出した。それが財布を見た最後だった。100円ショップでお金を払おうとしたのが約1時間後。その間通ったのは国道390号線だけだ。人混みにいたわけでも、なん度も財布を出し入れしているうちになくなったわけでもない。考えられるのは自転車のカゴに入れたバッグの中から、なにかのはずみで落ちたということ。しかしそれなら気がつきそうなものだ。

 国道390号線を2往復したが、財布は見つからなかった。
「本当に、財布をなくしたのだ」
そう自覚したとき、はじめて呆然とした。自分の身に起きたことだとは信じられなかった。現金とフェリーの回数券の金額をあわせると、損害は6万円ほど。家賃3カ月分だ。考えただけでも寝込みそうになる。そのほか免許証に国民健康保険証、クレジットカードに郵便局のキャッシュカードなどなど、あらゆる貴重品を一気になくしていた。

「神隠しかなぁ」
 財布が神隠しにあったとしか考えられなかった。しかも、なぜか出てこない予感がする。
「普段の行いがそんなに悪いのか? 最近、少し調子に乗りすぎていたのか?」
 あれこれ考えてみるが、なぜこうなったかは思い当たらない。

 警察に紛失届けを出しに行って、改めて気づいた。お金もクレジットカードもない、フェリーの回数券もないとなると、買い物どころか家に帰ることすらできないではないか。しかし困り果てている私に向かい、おまわりさんはこういった。
「前にもそういう人がいたけど、サラ金でお金借りて帰りましたよ」

 幸い、民俗芸能発表会に出るために、地元の人たちも石垣に来ている。財布とは別に持っていたチケットは無事だったので、発表会を見に行き、知り合いからお金を借りれないだろうか。

会場の市民会館入り口には、顔見知りの人がなん人かいた。だれに声をかけようかと迷う。帰りの船賃2000円だけ都合してもらうにしても、お金を借りるのは気が引けた。ロビーをしばらくウロウロしたあと、やっと決意して公民館長のシオカワさんに近寄る。
「あの……ちょっとお願いがあるんですが」
「うん、なに?」
「……実はお財布を落としてしまいまして」
石垣に着いてからのいきさつを説明する。
「フェリーの回数券、余っていたら1枚貸してもらえないでしょうか」
 お金を貸して、とはどうしてもいえなかった。

「じゃ、1万円貸そうか」
 話を聞いたシオカワさんは、間髪入れずにそういって、財布からお金を出してくれた。
「顔色悪いよ。いつものチナミさんと違うなと思ったら、そんなことだったんだ」
 シオカワさんのやさしさがうれしかった。そしてやっと、ほっとした。時計を見ると間もなく2時。開演の時間が迫っていた。


(*1)クース: 古酒のこと。


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