2月4日(水) 「イノシシ狩り・その2」 雨ときどきくもり

順々にワナを見て回るが、やはりかかっていない。ヒコさんは「ショックだなぁ」「悔しいなぁ」「アガー(なんてこった)!」を連発。サトーさんは「(ワナに脚が)入ったけど抜けてたよ」「そばを通ったみたいね」とひょうひょうとしている。山に女を連れて行くと、山の神様は女性だから嫉妬して獲物が捕れない、と嫌がる人もいるという。今日捕れないのは私のせいか? 

少し高いところを歩いていると、眼下に開けた草地が見えてきた。
「あれは昔の田んぼの跡。昔は山の中にもいっぱい田んぼがあったの。お米を収穫したら山で木を切って、荷車を作って外まで運ぶ。今じゃ僕を含めてそんな根性のある人間はいません」
 山を歩いていると、あちこちで廃田を見かける。昔の西表は、いたるところに美しい田んぼの広がる農村だったのだろう。

しばらく行くと、開けた場所に出た。
「山2つ向こうが浦内川。桟橋のところですよ」
おもしろい! こんなふうにつながっているなんて意外だ。上原から浦内まで、舗装道路以外でも行けるのが新発見である。
「ひとり30個として、シンゴが加われば90はワナがかけられる。いまは広い山を持てあましてるけど、来シーズンは道のそばじゃないところにもかけます」
 浦内川を前方に感じながら、ヒコさんの決意表明である。

再び山道に戻る。ヒコさんが先頭、山道に慣れない私が真ん中を歩くが、足下に気を取られているとすぐにヒコさんを見失う。
「チナミさん、目の端でヒコさんの帽子を追うといいよ」
サトーさんのアドバイスに、オレンジ色のキャップを視界から出さないようついていく。

ヒコさんはときおり枝を折り曲げて進んでいた。歩くのに邪魔だからそうしているのかと思っていたら、
「迷わないための目印です。行きに通ったときは山側、帰りに通ったら下側に折る。どこも同じ地形、景色だから、こうしないと迷うんです」
――ヒコさんなら、目をつぶっても歩けると思ってた!
「ノーノー!」
長年親しんでいる山でも、遭難しないよう工夫しているのだ。

西表の山に入ると、ほとんど必ず目にするものがある。炭窯や住居跡だ。かつては炭坑が栄えており、山の中に大勢の人が住んでいた。
「ほら、ここも人が住んでいた跡ですよ。平らで、そばにミカン(シークワーサー)の木があるし、ビール瓶もある」
酢として使うなどミカンはいちばんの調味料。どの家でも植えていたとか。

いちばん栄えていたころは、外の集落より山の中に住む人の方が多かっらしい。子供たちは毎日山を下りて、村の小学校に通っていた。ヒコさんが子供のころは食べ物に困り、木の実をはじめ、甘くて苦いマーニーの新芽など、山で採れるものを工夫していろいろ食べていたらしい。
「ほら、これはモリおじいの炭窯。この山でいちばん大きかったんですよ。中で水牛がぐるぐる回っててね」
 広い炭窯を見ていると、活気のあったころの山が頭に想像できる気がする。
 
「さあ、おみやげでも採って帰りましょう」
すべてのワナを見終わったころ、ヒコさんがさっぱりした声でいった。目の前にはオオタニワタリの群生が見事に広がっている。
「植物の新芽はいちばんエネルギーを持ってますからね。最も生命力にあふれている。こういうものを食べていると、元気でいられますよ」

 ところが、大量のオオタニワタリを前に、私はあせっていた。
「しまった! ビニール袋を持ってこなかった」
しかし2人を見ると、ヒコさんは摘み取った新芽をオオタニワタリの葉でくるくると巻き、そばにあった枝を折り、ちょこんと刺して止めている。サトーさんも同じようにしたあと、枝の代わりに蔓植物を手折り、外から巻いて結んだ。すごいジンブン(知恵)だ! ビニール袋なんてものは必要ないじゃないか!!

帰り際、100歳は越えて見える一抱え以上ある大きなシイに3人で頭を下げる。森の主のような貫禄の、威風堂々とした木である。
「今日は捕れなかったけど、また今度、よろしくお願いしますね」

森を抜けだし地上に出た。明るい日差しの中、気持ちのいい風が通り過ぎていった。


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