芸能発表会当日になった。大事な本番だというのに、朝から頭がぼんやりしている。昨夜はリハーサルのあと青年部の忘年会に行き、午前2時半まで飲んでしまったからだ。夕方にはお酒も抜けるだろうと、ご飯を食べたり新聞を読んだりして過ごす。
午後2時、出演者は公民館に集まり、髪結いと化粧。7時開演のうえ、私たちの出番は休憩をはさんだあとなのだが、支度は昼から。2時集合は早い気もしていたが、髪を結える人、メイクができる人は限られているので、実際は時間に余裕などなかった。
午後5時半、私の車にお姉さまたち3人を乗せて会場へ。お弁当を食べ、衣装を着て、ステージの袖の外で出番待ちをしていると、だれかの知り合いが寄ってきては声を掛けていく。
「このきれいな人はどこのお嫁さん?」
私のことをたずねながら近づいてきたのは、衣装も化粧もばっちり済んだ祖納の婦人部長、タカコさんだ。タカコさんにはなん度か会っていて、チョータローさんのお母さんのお葬式のときには一緒に手伝いもしたのに、おぼえてもらっていないらしい。というより、舞台化粧のせいで顔が変わっているのだろう。
「干立のお嫁さんよ」
どう答えようか迷った一瞬のすきに、ヒロミさんがやわらかな口調で返した。
「えっ、だれの?」
驚くタカコさんを見て、ニヤニヤする私たち。正体がバレると、なーんだという顔になったタカコさんはひとこと、
「お化粧すると変わるわね」
といって去っていった。普段もいちおうメイクしているんですけど。
次に近づいてきたのは、昨年まで干立に住んでいたクミコさんだ。引っ越し先の地域の人たちと出番を終え、着替えが済んだ彼女は、
「頑張ってくださいね」
と私たちを激励してくれた。そして私にこういうのだ。
「チナミさんもずいぶん上手になって」
昨年、石垣市民会館で干立口説を踊った彼女は、一緒に練習していた初心者の私を知っていた。そして昨日、リハーサルに立った私の踊りも見ていた。
「いやぁ、まだまだですよ」
とこたえると、
「熱心に練習していたからね。本番も頑張ってね」
そう励ましの言葉をかけて、仲間の元へ帰っていった。
出番はあっという間にやってきて、あっという間に終わった。扇は落とさずに済んだ。踊りも間違えなかった。干立の名を汚すそそうは、いちおうなかったはずだ。
舞台を降りて、ひたすらほっとしていると、干立口説の作詞者であるキンセイさんに出会った。
「ちゃんと踊れてたじゃないか。いやぁ大したもんだ」
えっ、キンセイさんがほめてくれるんですかぁ? 去年、発表会前に出演者と一緒に練習していたときは、「まだまだだな」といって、みんなと同じに踊れていると思いこんでいた私の勘違いを見事にうち砕いてくれた。あれから少しは上達したのだろうか?
そういえば膝の調子が悪いからと出場を辞退したノブエさんも、
「一生懸命なだけあって、上達したわね。去年は『あれでも踊りなの?』といわれていたけれど」
と教えてくれた。あれでも踊りなの? と陰でいわれていたのは初耳だったが、別れ際、
「もう私の代わりができたわね」
といってくれたのはうれしかった。
しかし心配なのは、おばあたちの反応だ。評価の厳しい彼女たちに、干立代表として、なんであんなのを出したのか? といわれていないとも限らない。
翌日、自分たちの踊ったビデオを見ていると、
「ヤマシタさーん」
いつものように呼びかけながら、ヒデコさんがやってきた。ビデオの中の私はヘタだった。ここはもっと扇を下げるべきだったとか、立ち上がるタイミングがずれているとか、反省するところがいっぱいで、みんながほめてくれるほどの踊りではないのだ。
ところが、玄関の網戸を入ってきたヒデコさんは、
「いっぱいじょうずになったね」
とニコニコしながらほめてくれる。おばあ軍団のひとりからほめられることは、だれからのほめ言葉よりうれしい。とりあえずどこからも文句が出ていないらしい、ということが確認できたのもうれしかった。
部屋に上がってもらい、最初からもう一度、一緒にビデオを見る。去年の秋は辛かったけど、踊りを練習しておいてよかった。そして今回、芸能発表会に出させてもらえたことを、つくづく感謝するのだった。