公民館役員らで研修に行った竹富島・種取祭の帰り。干立の役員たちは夜、石垣島で、トゥバイラーマ会と交流を行うことになっていた。11日からの節祭をひかえ、どういった協力ができるか打ち合わせするらしい。
トゥバイラーマ会というのは、石垣島に住んでいる干立出身者の親睦会、郷友会である。干立集落が面する海には、夫婦石、地元の言葉でトゥベラ石といわれる岩がそびえている。トゥバイラーマという会の名前は干立を象徴する岩から取ったものだ。ちなみにお隣、祖納の郷友会は、やはり祖納を象徴するまるまぼんさんという岩山にちなみ、まるま会という。
交流会というと、どこかの料亭の個室に、見たこともないおじやおばあ、その息子や娘がおしゃれして集まり、私の知らない人たちの話題が続くのだと思っていた。その場に黙りこくって小さくなり、遠慮がちに料理に箸を伸ばす自分が想像できる。そのためあまり行く気がしなかった。実際、4月の交流会は欠席したのだ。しかしよく考えれば郷友の人たちと食事をするのはめったにない機会だし、参加してみたらなにか発見があるかもしれないと、顔を出すことにした。
教えられた場所にタクシーで行くと、広場の片隅のようなところで、真っ暗な中、ライトの明かりをたよりに子どもたちが棒術の練習をしている。節祭の奉納芸能だ。地元では練習は明日からなのに。早いなぁ。
会場は電気関係の工事の会社だった。関係者の職場だろう。暗くて全体がよくわからないが、広い敷地の一角にテーブルと椅子が出され、料理が並べられている。イノシシの刺身、イノシシノ血で炒めたチーイリチー、そしてジーボさんが手みやげにと港の魚屋で買った白身魚の天ぷら、刺身。クーラーボックスにビールが冷やされ、泡盛と氷、水そしてお茶も用意されている。公民館のミニ集会のような感じだ。
「今日はお忙しいところ公民館の役員の方々にお越しいただき……」
トゥバイラーマ会会長が口火を切る。続いて乾杯。公民館長であるジーボさんの挨拶なども交え、子どもをのぞく総勢15人ほどがなごやかに、食べて、飲む。料亭ではなく、みんな普段着で、素朴な星空親睦会である。知らない人ばかりだと予想していたが、会ってみると、名前はわからなくても節祭や豊年祭、新年会などで見かける顔ばかりだ。
「この人はだれだれおじいんちの息子で……」
とナリコさんに説明されると、さらにつながりがよくわかる。話題も目前に迫った節祭のことだったり、よく知っている人のことだったり。疎外感はなく、恐れる必要などなかったのだ。
しばらくすると、郷友会青年部のメンバーが立って話し始めた。根無し草の東京人の想像を超える、郷里への熱い思いである。今年は節祭に郷友会青年部からひとつでも多くの芸能を奉納したい。そのために、地元公民館に先駆け、10月30日から練習を始めているらしい。
西表島の節祭は平成3年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けた。指定されると決まったとき、地元も郷友会も大変喜んだ。郷友会の青年たちは、地元を盛り上げようと、青年部がなかった干立のために、郷友会青年部・金座山会(かなざんかい)を立ち上げることにした。そして棒術や狂言といった芸能を奉納することで支えてきたのだ。
ところが、文化財指定を受けてしばらくすると、地元にも青年が増え、青年部が復活。そしてある年、
「ごめんねー、干立にも青年部ができたから」
と土壇場で“地元優先”主義を貫かれ、せっかく練習した芸を奉納させてもらえないことになる。それはその年だけでなく、なん年も続いたという。
ナリコさんの息子・ヒコさんが、みんなを前に話す。
「そういういきさつもあり、僕ら青年部もバシマを思う気持ちが薄らいだ時期がありました。でも去年から、また頑張っていこう! という声があがり、今年は地元より先に、もう練習を始めています。地元も郷友会も力を合わせて、節祭を成功させましょう!」
次に立ったのはギマのおじいの息子、ハチさん。
「節祭は文化財指定を受けています。地元だからとか郷友会だからということではなく、奉納するに値する上等な芸を選ぶべきだと思います。リハーサルのときに練習の成果を全員披露し、奉納にふさわしい芸が選ばれると聞いていますので、郷友会も地元に負けないよう努力し1点でも多く採用してもらえるよう頑張りましょう」
中学を卒業し島を離れて20年余り。もう島外での生活の方が長いが、ハチさんはこう考えているという。いまはたまたまほかの島に住んでいるけれど、自分の根は西表・干立にあるのだ、と。
これまで郷友会の人に対して、あまりいい印象はもっていなかった。なぜ祭のときだけ来て大きな顔をするのか? 地元は1年中公民館のために働き、祭という晴れの場は年に1、2度しかない。郷友会はなんの下働きもせず、いい思いだけしに来る……。
しかし今日の話を聞いて、事情があって島を離れているけれど、ふるさとを思い焦がれる気持ちはこんなにも強いのだ、ということがわかった。そしてはじめて、親しみを感じた。知り合ってみればみないい人だし、地元とか郷友会だとかという区別はなしに、仲良くやっていきたいなと思う。
まとめに再度、ジーボさんが話す。
「今日、竹富の種取祭を見ましたが、舞台芸能の3分の2ぐらいは石垣の郷友会が行っているように感じました。祭は郷友会の協力なくしてはあり得ません。郷友会のみなさんにも大いに協力していただいて、すばらしい節祭を成功させましょう」
みんなの話を聞きながら、ふと気づいた。この場にいるのは私以外、みな干立出身者だ。何十年のつきあいがある人ばかりだし、結束も固いだろう。もしなんらかの原因で私が嫌われていて、広い会社の敷地で行われた今夜の交流会が、私を亡き者にするため巧妙に仕組まれた場だとしたら……完全犯罪は成立するのではないか?
しかし3流サスペンスの夢想とはうらはらに、私はナリコさんの娘・ミサエさんの車で宿まで送られることに。家と反対方向だったのに嫌な顔をせず乗せてくれたミサエさんは、にこやかにいった。
「じゃ、次は節祭で会いましょう!」
そして助手席のナリコさんと一緒に、さわやかに帰っていった。やっぱりいい人たちだ。